YA【満点の星の夜に】(4月号)
月ノ島中学校は入学式、始業式と終えて、通常の授業に入った。
如月魁人は二年生の授業を終えて、一人でいつもと違う帰り道を歩いている。少し遠回りして、用水路のそばの畑をのぞきこんで、ため息をつく。
もう、四月上旬だ。土筆は見当たらない。
桜は散り始めているし、日もずいぶん長くなった。
昨日の夜、母と契約をした。土筆一本一円で買い取ってくれる。
(一円……、百本で百円か)
魁人は母と交渉をねばったけれど、土筆の買い取り値は上がらなかった。漫画を買うには五百本。途方もない数だ。
それでも、後ろ髪をひかれるのは、母が婆ちゃんに好物の土筆を食べさせてやりたいのを知ってるからだ。
幼稚園の頃だっただろうか。家族みんなで、土筆をとりにいった。土手にはいつくばって、草をむしるように土筆をとった。あれは、どこだったのだろう?
「土筆とり、楽しかったなぁ」
魁人は大きな独り言をつぶやいて、青空を見上げた。と、おかしな歌が、背後から聞こえてきた。魁人がふりむくと、
「ホーステール、馬のしっぽ」
用水路沿いを、山田敦がふらふらと歩いてきた。
(って、一体、何の歌だ?)
魁人と目が合うと、敦は腹を押さえてしゃがみこんだ。
「おまえ、具合でも悪いの?」
魁人はあわてて、敦にかけよった。
魁人は二年生になって、敦と初めてクラスメイトになった。敦のことは知っている。
去年の文化祭で、良くも悪くも目立っていた。敦は一人で体育館の舞台で歌って踊った。ラップ? って、いうやつだろう。
生徒たちが騒ぎ出して、敦は教師たちに連行された。
体育館を使用する許可をとっていなかったのだ。
「具合、悪いと言えば悪い。ちょっと吐きそうだぜ!」
敦は畑に顔を突き出して、げーげー唸り出した。
「おまえんち、こっちなの? ったく、しっかりしろ」
魁人が背中をさすってやると、敦は静かになった。そして、ニヤリと笑って、魁人の顔の前に右手を付き出した。
「あっ、土筆、一本だけか?」
「よく見ろよ、まだあるぜ!」
「サンキュー!」
「ヘーイ、手伝ってやろうか?」
魁人は不思議な気持ちがした。
敦は友だちとは呼べない。数日前にクラスメイトになったばかりだ。こいつ、オレの話を聞いてくれるのかな?
半信半疑で、魁人は土筆を探している事情を話した。
でも、漫画は、来月、小遣いをもらったら買えばいい。婆ちゃんの話をすると、敦は食い付いた。
「ワーオ、一大事じゃないか!」
まもなく、魁人は後悔した。一人で土筆を探せば良かった。
敦はうるさい。
「コンニチハ、ハイ、サヨナラ」
ポイっと土筆を投げ捨てる。この畑に生えている土筆はひょろひょろに細くて、頭の部分は、ぱさぱさに開いている。
「なんで、挨拶なんてするんだ」
「一期一会さ」
敦はぼさぼさの髪型で、ずっと歌っている。なんでもかんでも、ラップ調のテキトーな歌に変えてしまうのだ。
と、突然、
「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、しかも、もとの水にあらず。ハーイ、カイトくん現代語にやくしてくださいな!」
「そ、それって、方丈記だろ?」
魁人は敦を見つめた。
(まだ授業で習ってない古典を、どうして、暗唱できるんだ?)
敦の軽い言動からは、方丈記なんて連想できない。ますます、わけわかんない。
魁人は漫画や小説、絵本、詩集など、読みモノが大好きだ。二年生の国語の教科書も、手にとってすぐさま読んだ。
魁人にとって、読書は現実逃避だ。
敦の暗唱した部分の意味は、さらさらと流れる川の水は絶えることはない、新しい水と入れ替わって勢いよく変化している、こんな感じ。
続きは、よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまることなし。
世の中にある人とすみかとまたかくのごとし。
「おまえ、ナニモノだ?」
「おっ、カイトくん、そのフレーズ、いいね! もらっていい? あぁ、ボクらはどこから来て、どこへ去るんだ」
敦は両手を広げた。
夕日に向かってポーズをとって、台詞をしゃべる。
「ボクは、ナニモノだ!」
魁人は手に持ってるビニール袋に視線を落とした。数本の土筆。少しだけど、婆ちゃんは喜んでくれるかな。
水面の泡のように人の命もはかなく消えていく……、か。
「土筆のほかに、なにか、春らしいモノないかな……」
方丈記は、婆ちゃんの愛読書の一冊だ。教科書に見つけたときは嬉しかった。
「カイトくん、ボクに任せな。春をキミにあげよう!」
敦が猛ダッシュで走り出した。もはや、いろんな意味で、
「ついていけない」
魁人は歩き出した。
そこは、団地の共同の畑だった。
一区画は三畳ほど、ネットで区切られている。二百十二と立札のある畑の前に、敦は座り込んだ。
「すごいだろう? ボクんちの畑、いや、ボクの……」
敦は菜の花を見つめた。
一瞬、表情が変わった。さみしそう? と、思ったら満面の笑みでふりむいた。魁人も敦のとなりにしゃがんだ。
「すごっ! アスパラガスが生えているじゃないか!」
「見つかったかぁ」
敦が大袈裟になげいた。
「ボクのおやつ! 一本あげる。ヘーイ、食べてみな」
「えっ? 生で?」
魁人が戸惑うと、敦がポキンと、アスパラガスを収穫した。さらに、それを二つに折ると、半分を自分の口に放り込んで、半分を魁人に差し出した。
「うん、うまい!」
敦が本当に美味しそうに食べるので、魁人も試しにアスパラガスの穂先を少しかじってみた。
(あれっ? ほろ苦さと、甘さと)
「これ、美味いじゃん。しかも、こんなにも、たくさん生えてるじゃないか。おまえが世話をしているのか?」
「いや、アスパラガスは、前の住人からの贈り物ってところ。去年、ボクが引っ越してきたときには、土の中に隠れてた。調べたら、アスパラガスは約三年、収穫までに時間がかかるけど、その後、十年間くらい収穫できるらしいぜ」
敦が大真面目に話す。
魁人はドキリとした。
(コイツ、転校生だったのか)
公立の月ノ島中学校には二つの小学校出身者が入学していることもあって、二年生になってもまだ知らない子もいる。
四月に転校してきたよそのクラスの子なんて、気づきもしなかった。
敦の存在を知ったのは、秋の文化祭の騒ぎだ。あくまで問題児、変なのがいる、という上辺だけを。
「ボク、去年の文化祭、カイトくんの詩を読んだんだ。満点の星、っていう作品さ。感動した。それで、同じ本好きとして、どうしても伝えたかったんだ。満点じゃなくて、満天だって。でも、なかなか、勇気がなくて」
「お、おまえ、嫌なやつだな。あれは、満点と満天をかけたんだ。読むやつなんていないと思っていたしな」
魁人は赤面した。
去年、魁人は文化祭の催しで、一人芝居という小屋をたてて何点かの詩を展示した。
「土筆っていう詩も、なかなかよかった」
敦はエラソーに言う。
それから、軽いノリで、魁人を誘った。
「なぁ、今度の週末、土手に行こうぜ!」
「土手って、もしかして、土筆とりか?」
「もしかしなくても、土筆とりだよ。いいところを知ってるんだぜ。ホーステール、馬のしっぽを追いかけろ」
敦はまた歌い出した。歌いながら、ポキポキと、アスパラガスを収穫して、魁人のビニール袋に入れてくれた。
それから、二人はぺちゃくちゃしゃべった。お互いほとんど知らないから、日が暮れて星が出ても話し込んでいた。
方丈記は、偶然にも同じ新聞広告を見て、それぞれの婆ちゃんが購入した。だれにでもわかると題された本を、二人は婆ちゃんに借りて読んでいた。
敦は自分の想いを表すのにラップという手段を選んで、魁人は詩作を選んだ。好きな漫画も似ていたが、心のバイブルは、二人とも古典だった。
「時代を越えてきたモノってすげーな。おっ、満点の星だぜ!」
「おまえって、マジで嫌なやつだな……」
魁人は敦の肩をこづいた。
新学期、満天の星の夜に、変わった友だちができた。
新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。