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YA【風を味方に】(10月号)

 

©️白川美古都


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 月ノ島中学校の十月は、球技大会で盛り上がる。
 今年、三年生になった岩崎涼は三回目の球技大会だ。
 一年生の時は、芳しくない学業のせいで気持ちがのらなかった。二年生の時は、陸上部で痛めた足の為に見学した。
 今回は心身ともに絶好調だ。球技大会の種類はバレーボールとドッジボールがある。
 涼はドッジボールを選んだ。

 男子用の更衣室のドアを開けると、三組の黒川清の姿があった。
 清とは一年の時は同じクラスだったが二年、三年と隣りのクラスだ。
 清は陸上部の元キャプテンだ。夏の大会で三年生の部員は部活動を引退した。たまに気分転換にランニングをしたりするが、顔を合わせることは少なくなった。
「キヨシ、おはよう。おまえもドッジボールなのか?」
 涼は清の体操服の青いゼッケンを指さした。ドッジボールのDと、出席番号3の数字がプリントされている。
「おはよう、リョウ、そういうってことはオマエも?」
 清は目を丸くしている。
「おう! トーナメントだから、対戦できるかわからないけど、オレ、オマエと本気で戦ってみたいな」
 涼はリュックから体操着を取り出す。
 赤いゼッケンにはD1の数字、昨夜、母親に体操着に縫い付けてもらった。白いシャツに頭と腕を通して裾を引っ張る。
(あれ?)
 なんだか肩の辺りが窮屈に感じる。
 準備運動代わりに、両腕をぐるぐる回してみると、ビリッと糸のちぎれた音が聞こえた。
「あっ、ヤバッ」
「リョウ、おまえ、なんか体がでかくなってないか?」


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 実は、清の言う通りなのだ。
 涼は窮屈そうに、体操着の丸首を引っ張る。
 一年の時に大き目のサイズを購入したけれど、三年の今ではぴちぴちだ。
 特に、涼は二年生の時に身長が伸びた。それに伴い体が大きくなった。
 成長期だけが理由ではない。
 兄が栄養士の専門学校に進学して、アスリート用の食事を研究しているのだ。
 陸上部の涼は、兄の作る料理の試食に付き合わされた。
 最初は恐々と口にしていた料理は、お世辞ではなく本当に美味しかった。 
 その内、兄が台所に立つと、母は料理をしなくてすむと喜ぶようになった。良質なタンパク質を多く含むアスリート食は、涼の体だけでなく同居している爺ちゃんの健康にも役だった。
「キヨシはバレーボールかと思っていた。くじに外れたのか?」
 毎年、激しいドッジボールより、適度に楽しめるバレーボールの方が人気がある。
 参加希望者が多くくじ引きになるのだ。
 清の場合は激戦を避けるのではなくて、バレーボールが向いている。
 陸上部では、棒高跳びをやっていた。高く飛び上がる清のフォームは、とてもキレイだ。
 ボールが加わると勝手は違うみたいだが、それでも、清がスパイクやブロックの為に跳ぶと、女子の黄色の歓声が上がった。
「そんなところ……」
 なぜか、清はごまかした。
 まぁ、なんにせよ、
「手加減しないからな。オレと当たるまで絶対に負けるなよ!」
 涼は豪語した。


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 コイントスで涼は当たりを引きまくって、風を味方につけた。
 鍛えた体で投げるボールに追い風も加わって、強敵のハンドボール部の部員達も倒した。
 いよいよ、準決勝で、清のクラスとぶつかることになった。

 運動委員がコートのラインを引き直した。
 笛を首からぶらさげた審判が、白いボールの空気の入り具合をチェックしている。
 両クラスのメンバーがぞろぞろとコート内に集まった。
 涼は手足をぶらぶらさせて、相手コート内に清を見つけてハッとした。
 清はクラスメイトの三浦信子と雑談している。
 涼は三浦とも一年の時に同じクラスになった。三浦は目立たずに内向的な性格で、おとなしいキリンさんと呼ばれていた。

「おいっ、キヨシ!」
 涼が呼んでも、清は三浦と話をしている。
 クールな清にしては珍しく、オーバーアクションで、時折、おどけたような表情を三浦に見せている。
 三浦は長い黒髪を一つに結んで前髪をぱつんと目の上で切りそろえて、一年生の時にはかけていなかった黒ぶちの四角い眼鏡をかけている。
 清に近づくと、
「大丈夫、怖くない」
 涼の耳に二人の会話が聞こえた。
「オレの後ろに隠れていればいいよ」
 清は三浦を励ましている。
 清の言葉に、こくんと三浦がうなずく。

 一瞬、オカシナ空気が相手コートに流れた。
 冷やかしの口笛やヤジが清と三浦に浴びせられる。二人は照れたふうに顔を合わせたが、否定しない。
(はっ?)
 涼は清から三浦の話を聞いていない。ただ最近、気になる女子がいるとは聞かされてはいたが……。
 あっ、つまりはこういうことなのか。
 運動音痴の三浦がくじ引きで外れてドッジボールになったから、清は得意のバレーボールではなくドッジボールに参戦した。
 それは、三浦の盾になってボールを取る為にだ。
 現に三浦は身をちぢめて清の背中に隠れた。準決勝まで、こうやって勝ち進んできたのだろう。

 涼は声に出して笑った。
「キヨシ、なーにが、文武両道だよ。勉強に部活に、いろいろと楽しそうじゃん。うらやましいから、本気だしちゃおうっと」
「リョウ、言ってろ、オレも本気だ」
 二人はコートの真ん中で顔を合わせて、ニヤリと笑った。
 涼はコイントスで、表を選択した。
 風が吹いてコインの回転数が変わる。
(裏?)
 初めて外れた。
 清はボールではなくコートを選んだ。前半で風を味方につけてリードして、後半はそのまま逃げ切る作戦だろう。
 涼は審判からボールを受け取ると、ポンポンと弾ませた。コイントスを当てたらコートを選ぶつもりでいた。
 涼は空を見上げた。
 雲が強い風に流されている。風向きはころころ変わる。風を味方にするも、敵にするも自分次第だ。


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 昨夜、三年前の事件の夢を見た。
 高校生の兄が就職ではなく進学を選んで、岩崎家のでかい嵐は過ぎ去った。
 しかし、吹き返しの風は容赦なく荒れた。
 専門学校ではなく四年大学に進学して欲しかった母は、ぐちぐちと文句を言った。
 それを制する父と、よく喧嘩になっていた。そんな時だ。爺ちゃんが、兄の試作料理を喉につまらせた。

 あの夜、救急車がきて、近所の人が集まって、辺りが騒然となった。
 兄は震えていた。
 兄の不安が、夜風にのって伝わってきて、涼は幼い子どもじゃなくなってから初めて、兄と手をつないだ。
 父も加わって、兄の肩に手を置いた。身を寄せ合って、強い風が過ぎ去るのを待った。
 死にかけた爺ちゃんは、救急隊員処置であっけなく復活した。それからの爺ちゃんは前にも増して元気だ。
 涼と兄と父の会話が増えたおかげで、母は静かになった。
 いつの間にか、涼を取り囲む空気が変わっていった。

 笛が鳴って、試合が始まる。
 涼は外野に向かって、山なりのボールを投げた。風の影響で少し逸れたが問題ない。
 外野の男子がボールを受け取り、すばやく目の前の女子にぶつけた。よし、一人減った。しかも、ボールは跳ね返り自陣の外野に出た。
(ナイス)
 涼に向かって山なりのチャンスボールが飛んでくる。
 青い空を背景に、ゆらり、白いボールが揺れた。軌道が変わる。大きく右に移動しながらボールをキャッチする。
 慌てたのは、敵陣の清だった。三浦を守りながら涼に対峙しているせいで、足の運びがもたついた。バランスを崩した清を、涼は見逃さなかった。もらった! 
 力を込めて清の足元を狙う。
 次の瞬間、
 ポカーン!
 三浦の尻に、ボールが当たった。
(え、なんで、そこにいるの?)
 涼は驚いて、足元に戻ってきたボールを拾うのを忘れた。
「イタ、タタ……」
 三浦は恥ずかしそうに尻をさすりながら、コートを出た。

 三年前の三浦は、誰かをかばって前に出るなど、アリエナイほど内気だった。それが、今の三浦は相変わらず怖がりだけれど、とっさに清を守った。変わったんだ、アイツも。
 涼はようやく、足元のボールを拾い上げた。なんだか嬉しくなった。
「キヨシ、これで一対一で勝負ができるな!」
 涼が投げたボールを、清はがっしりと胸で受け取った。
「三浦の仇はオレがとる!」
 清が投げたボールが涼の膝に当たって、空中に舞った。
「くっ……」
 涼は懸命に腕を伸ばした。風向きがまたもや、涼に味方……、しなかった。今度は、ボールは揺れながら、地面に落ちた。
 涼は小走りに外野に出た。楽しい。まだ勝負は終わってない。涼は窮屈な体操着の袖をまくり上げて、
「さぁ、来い!」
 空に向かって声を出した。

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〜創作日記〜
スポーツが大好きです。
どうか、若い子に伝えたいのは、体を動かすような大好きを見つけてください。エネルギーを爆発させてください。
一生の思い出になりますよ。

イラスト:tama3ro様

新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。