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YA【ここはどこですか?】(4月号)

 

©️白川美古都
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 月ノ島中学校の始業式の翌日、林紬はスマホを隠し持ってきた。ピンクゴールドのスマホは中学の入学のお祝いとして両親に買ってもらった。本当は私立の中学受験に合格したら買ってもらえる約束だった。受験に失敗したけれど、両親は紬にスマホをプレゼントしてくれた。
 両親とした約束は、
「ルールを守って、中学校には持っていかないこと!」
 けれども、初日にして、紬は約束を破った。
「授業のはじまる今日、スマホを持っていかないと意味がないわ。新しい友達ができるかもしれないのに」
 紬は鞄に視線をやる。底に隠しておけば見つからないだろう。他の子もスマホを持ってきているはずだ。連絡先の交換になったら遅れをとりたくない。
 中学一年生、新しいクラス、新しい仲間たち、一人でも多くの子とつながっておきたい。なにせ、紬の通っていた小学校から月ノ島中学校へ入学する子は、学区の関係で少ない。
「お、おはよう」
 一年一組のドアを開けて、紬はぎこちない笑顔で挨拶した。ドアのそばにいた数人が挨拶を返してくれた。知らない顔ばかりだ。
 見回すと、見たことのある顏が少しと、同じ小学校だったよく知る顏の一人の森野莉子が先に席についていた。
 紬の出席番号二十三は、莉子の前の席だ。小学校の時と同じ順番だ。この出席番号のおかげで、紬は莉子と友だちになり、友だちになったせいで、絶交した。
 紬は莉子に声をかけられなかった。

 

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 絶交のきっかけのケンカは、小学校の六年生の秋までさかのぼる。
 当時、紬はスマホを持っていなかった。莉子は空色のスマホを持っていて、規則を破り小学校に持ってくることが何度かあった。
 あの日も、莉子は友人たちに見せびらかすようにスマホの画面をいじりアイドルの画像を見ていた。
 紬は私立中学の受験勉強で、莉子たちの輪に入っていなかった。授業の休み時間に勉強するくらい、紬は焦っていた。
 莉子たちの楽し気な声に、紬はイライラした。何度もノートに書き写しているのに四文字熟語が頭に入らない。思わず、紬がにらみつけるようにふり返ると、莉子は手招きした。
「ねぇ、ツムギも一緒に見よう!」
 その瞬間、紬のイライラが大爆発した。
「スマホを持ってきたらダメでしょう? ルール違反よ!」
 紬は机を叩いて、教室を出た。
 その足で職員室へ行き、担任の先生に、莉子が学校にスマホを持ってきていることをちくった。
 先生はその日のホームルームで、スマホ禁止を確認した。翌日には、校内の掲示板にも、スマホに関するルールについて、新しい紙が張り出されていた。
 莉子はしょんぼりを通り越して、青ざめていた。同じく、紬も縮こまっていた。こんなにも大事にするつもりはなかった。
 その日から、莉子の周りからは、スマホのアイドル目当てのクラスメイトはいなくなり、莉子は一人でいることが多くなった。そして、二人は互いを避けるようになった。
「どうせ違う中学へ行くんだから仲良くしなくていい」
 紬は自分にそう言い聞かせて、割り切って勉強した。
「桜咲く! 道は開ける!」
 塾の先生から教わったオマジナイを繰り返しながら。
 けれども、桜は咲かなかった。不合格通知を手にして、紬はぼんやりした。試験に落ちたという実感がなかった。
 そもそも、私立中学校を受験したのは、両親の勧めだ。
 両親は私立中学校の方が、安定した道に進めると言った。不合格だった紬を気の毒に思って、両親はスマホを買ってくれたのだ。

 

P3

 何度目かの休憩時間になった。
 何人かの女子が教室の隅に固まりひそひそしゃべっている。
 紬が様子を伺っているとスマホの液晶画面が見えた。ほら、やっぱりね。仲良くなった子たちだろうか、連絡先を交換している。
 紬はスマホを隠した鞄を抱えて教室の隅に急ぐ。勇気を出して、声をかける。
「わ、わたしもいいかな?」
 一瞬、場が凍り付き、一人の女子の顔色を伺った。
 その子がうなずくと、いいよと、他の子たちが輪の中に入れてくれた。
「林さんって、真面目そうだからルールを守ると思った。森野だっけ? あっちの優等生はマジでなし。誘ってやったのに、断りやがってさ!」
 リーダー格の女子の口調は怖い。
 紬はぎこちなく笑うと、鞄の底からスマホを取り出した。さっそく、お互いの番号を登録し合う。いつの間にか、一年一組、仲良し組というチャットグループができていた。
「時間だ、そろそろ席につこう。みんな、わかってるね?」
 リーダー格は、チャットグループの管理人Mと名乗っていた。
「えっ、な、何?」
 戸惑う紬をよそに、みんなそれぞれ席につく。
 紬もお腹にスマホを隠して、自分の席に着いた。まもなく、担任が姿を現した。
「これから、ホームルームで、クラスの学級委員と副学級委員を決めます」
 担任は小さな用紙を配った。そして、ふさわしいと思う人を一人ずつ書くように指示を出した。
 突然、紬のスマホがひかった。こそっと視ると、学級委員は芦田でいいや、副学級委員は森野で、管理人からの命令だ。仲良し組は迷うことなく、紙に名前を書きつけている。(こういうのっていいのだろうか?)
 紬は困惑した。
 芦田君がどういう人物なのか紬はまったく知らないし、森野莉子が副学級委員に向いているとは思えない。
 莉子はアイドルが好きで手作りのうちわやポスターを作ったりするのは得意だが、クラスメイトをまとめるタイプではない。
 管理人Mは、出席番号一番の芦田君をテキトーに指名して、仲間入りを断った森野に嫌がらせをした。
「さっさと決めて、さっさと帰ろーぜー」
 管理人M。
 既読をつけてしまい、紬はお腹を押さえた。

 

P4

 管理人Mにはすでに同じ小学校出身の取り巻きもいる。
 Mの命令通り、芦田君と森野が票を伸ばして、それぞれ学級委員と副学級委員になった。
 二人は教壇の前に出ておどおどしている。とてもじゃないが、芦田君もリーダー役にふさわしい性格とは思えない。担任は不思議そうな顔をしている。
 それから、重要な委員は、立候補以外はMの命令通りになった。
 最後の美化委員を決めるとき、紬はスマホの画面を見て目を疑った。
「林さーん、お掃除がんばって」
 そう書かれていたのだ。
 その命令に悪意を感じた。
 仲良し組はみんな面倒な委員を免れていた。紬は怖くて、Mの席のある後ろをふりむけなかった。
「はじめから、仲間に入れてやるつもりなんかなかったんだよ」
 管理人Mの声が聞こえるような気がする。
 紬は白票を出したものの、わずかの差で美化委員に選ばれた。
「委員に選ばれた者は残るように。他の者は解散していいぞ!」
 顔を強張らせる紬のよこを、仲良し組の面子が歩いていく。
 紬は胃が痛くなった。身体を曲げた瞬間、スマホが床にすべりおちた。カシャンと乾いた音がして、薄い液晶画面がひび割れた。
 慌てて拾い上げようとしたが、先に拾われてしまった。恐る恐る顔を上げると、莉子が立っていた。
 莉子は担任に隠すように、紬にスマホを渡してくれた。

 中学校からの帰り道、紬と莉子は少し距離を置いて歩いた。やわらかな風が吹いて、桜の花びらが散る。
「きれい……」
 立ち止まった紬の背に、莉子がぶつかった。莉子はうつむいて歩いていたようだ。
「ご、ごめん……」
 どちらからともなく謝っていた。
 急に、つむじ風におそわれ、二人は桜吹雪に包まれた。
 目の前が見えない。

 紬はスマホを取り出した。蜘蛛の巣のようにひび割れた画面。液晶パネルには保護シートが貼ってある。携帯ショップに持っていけば、保険で、新品に交換してもらえるだろう。
 しかし、全然うれしくない。
 むしろスマホが直るのが怖いと思った。
 保護シートの上から画面に触れると反応した。壊れてはいないようだ。偶然、紬の指先が地図アプリに触れた。
 アプリが起動して居場所を教えてくれる。月ノ島中学校のすぐ近くに、二人の居場所を示す赤いアイコンが点滅している。
「なんなりとお話しください」
 お節介なスマホが執事のふりをしてしゃべる。
「ここはどこですか?」
 紬はスマホのマイクに話しかけた。
 返事を待ちながら、紬は蜘蛛の巣をながめた。
 絡まった糸は試験の問題のようだ。
 正解と正解をつなぐ線、若しくは、正解と不正解をつなぐ線。
 今まで、正しい答えを見つける作業をどれだけやっただろうか。そして、これから、どれだけやるのだろうか。
 その先に道があるのだろうか。それはどんな道なのか。
「わかりません。もう一度、言ってください」
 スマホにきっぱり言われて、紬は苦笑した。
「わたし、活舌が悪いみたい」
 紬の言葉に、莉子は久しぶりにほほ笑んだ。
 それから二人は帰り道を探すように、夕日に向かってゆっくりと、二人で並んで歩いた。

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〜創作日記〜
私は小学校、中学校と国公立でした。
それなりに良い私立の学校へ通っていたら、どうだったかは分かりませんが、それでも、鬱陶しい人間関係はあったと思います。
それでも、そこにも、小さな大切なモノを見つけたと思います。

イラスト:waratsutsumi様

新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。