朱の世界


あゝ、頭が割れる。ギンギンと鳴り響く不協和音に金槌で殴りつけたかのような痛みが頭を支配する。視界が霞む。立っていることがままならなくなっている。ふらふらと覚束ない足取りでどこかも知らぬ地をゆっくり、またゆっくりと、倒れそうになる体でゆっくりと前へ歩いて行く。ここは何処だ。何故こんなにも頭が。あゝ。鳴り響く不協和音の所為で他の音が何も聞き取れない。霞む視線の所為でどこにいるかも解らない。割れる様な痛みのせいで考えることすらもままならない。体に何かがぶつかる。瞬間音が激しくなったように感じるがどうでもいい。どこに向かおうとしているんだこの体は。くそ、わけがわからない。何かに躓く。倒れる体を何かが支える。触るな。頭が響く。出来うる限りの力で腕を振るい支えるものを振り払おうとする。解けた。体は倒れぬまま立っている。ならさっさと歩け。体は前に進む。進めば進むほど音が大きくなる。だが進む。頭がより痛くなる。だが進む。体がふらつき今にも倒れそうだが進む。進んで、進んで、進む。

 止めなかった歩みを止める。音がやんだ。痛みが消えた。体はふらつかない。目の霞が取れてきた。霞がとれ切って見えた世界は

    朱の世界だった

何も聞こえない。朱しかない。気持ち悪い。鮮やかな朱だ。気持ち悪い。ここは何処だ。気持ち悪い。

    笑い声がする

高らかに笑い耳障りだ。やめろ。今すぐやめろ。鬱陶しい。さっさとやめろ。視線の先に淡いシルエットが見えてくる。段々とはっきりとしたそれは人の形をしていた。お前が笑っているのか。笑い声は消えない。人の頭の部分に大きく、醜く、つり上がった大きな口があった。その口から笑い声を出しているのか。今直ぐ閉じろ。笑い声は一層大きくなる。やめろ。やめないなら今直ぐその口閉じてやる。一歩前に出る。また一歩前に出る。足は止まらず前に進む。力が湧く。目はキッとそいつを睨んでいる。腕に何かがしがみついてくる。邪魔だ。力いっぱい開いている手で殴りつけた。手が朱に染まる。何かが前に立って邪魔している。力いっぱい蹴りつけた。足が朱に染まる。邪魔だ。邪魔なものはさっさとどけ。進むのを阻むものは全て力いっぱい蹴散らした。体中が朱に染まる。だがまだ進む。殴りつけた手の痛さなどどうでもいい。蹴りつけた足の痛さなどどうでもいい。その口閉じてやる。何かに弾かれるように体が飛ぶ。今まで倒れなかったその体が地にひれ伏す。体中が砕けたような感覚が体を襲う。だがどうでもいい。笑い声を止めようと、進もうと、そいつに下げた目線を向ける。そいつは口を真一文字に結んで笑ってなどいなかった。なんだ、笑うのやめたのか。ならいいんだ。それでいいんだ。体中の力が抜ける。立つことは出来ない。朱が体を飲み込んでいく。体が朱に溶けていく。全ての体が朱に溶ける。朱の世界に一つの白い波紋が広がる。そいつは結んだ口を開いた。先程より大きく。先程より醜く。そして

      朱の世界にまた笑い声が響いた

ーー後書き

何時だったか書いた懐かしいものをサルベージ、懐かしいなぁと改めて読んで、こんなん書いたんだぁとしみじみ。また一つ老けた気分

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