ある事件のこと

この記事(https://news.yahoo.co.jp/articles/87b010a29b8640f85822d9f898597f85d2bd81db)を受けてのわたしの考えです。

気持ちとしては、お母様の苦しみを思うと、ただただ安らかな時間を過ごして欲しい。できるだけ多くの時間を。

この記事を読んで、長男のことを思いました。他人事ではないですから。

長男の一ヶ月検診の頃、わたしはまだ里帰りをしていました。検診の日、たまたま実家のマンションで、中学生くらいの女の子ふたりとすれ違い、挨拶を交わしたあと、女の子ふたりは肩を寄せ合いながら、とても高い、それでいて小さめの声で「ちっちゃ〰️い!」と言っていました。まだ産まれて一月の長男を、本当に可愛く思ってくれてるのがこちらにも伝わる声色で、とても嬉しく、今でも鮮明に覚えています。長男はそれからも、いろんな方に声をかけてもらったり、可愛がられたりしました。世界に受け入れられていた。大仰な表現ですが、今思うと、ほんとうにそうでした。色んな人から祝福されていた。

そんな彼は、なかなか口を聞いてくれず、落ち着きもなく、発達障害の診断が降ります。

そしてこの事件を知り、まるで我がことのように彼女の気持ちを想像せずに居られません。

いつからか、世界から疎まれる存在になった我が子を、看取ることも現実的に厳しく、どうにか支援に繋げて朽ちていくことが、障害児の親の願いだと思います。それが遂げられそうになかった。その絶望の大きさなんて、きっとこちら側にいなければ計ることはできないと思います。 

長男の知的障害をはっきり告げられたとき(それは次男を産んだあとでした)やるせなさもあったし、この先の彼の人生をどうしていいかわかりませんでした。障害者として、どう育てていけば良いのか。できる限り迷惑をかけないように…できれば他害の出ない子に…。それは所詮親の願望に過ぎず、不安におしつぶれそうでした。誰かに任せて逃げてしまいたい。そんな気持ちにもなります。施設に預けている今、逃げているような後ろめたさもあるし、いずれ帰ってくる…その日もある程度見立てて施設へ入所させているので、帰宅後の生活の不安はとても大きいです。

今回の事件は、障害者の事件のなかでも、とても注目されているように感じます。

どうか一時的な同情にとどまらず、障害者とその親のための支援の在り方が、少しでも良く変わっていってほしいです。わたしたちは、そういった支援無しでは、とても生きられません。

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