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アシスト

あいつならどうするだろう。ふと考える時がある。


”あいつ”は私と同じ小・中・高で、ずっと一緒にサッカーをやってきた。

私はFW、あいつはMF。私の人生上、最も多くのゴールをアシストしたのがあいつだ。

あいつは小学生の頃から大人びていた。一度ある大会で、選手に暴言を繰り返す相手監督に「どうしてそういう言い方をするんですか。これでは勝っても負けてもどちらも楽しくないです。試合はあなただけのものではありません」と試合中に啖呵を切ったことがある。私はその頃から「あいつ、すげぇ・・・」とどこか尊敬するようになった。

プレーにもその冷静さは表れていた。昔からボールを失うことが殆どなかった。常に首を振り、周りを見ている。後ろに目がついているのかと思うほど、相手と味方の位置をわかっている。大人たちからは、当時ちょうど台頭していたシャビ・アロンソによく形容されていた。

もちろん周りからの評価も高かった。得点では私の方が目立ちはしたが、玄人好みのプレーをするのはあいつだった。「あの子、うまいねぇ」対戦した相手チームの監督は必ずと言っていいほどあいつを褒めて帰った。

ライバル、だったのかもしれない。でもそれ以前に私達は友達として馬が合った。お調子者の私に対して、あいつはいつも落ち着いていてクールだった。何をしてもセンスがあった。表に出るのを好まなかった。得点よりアシストに価値を見出す、そんなやつだった。それを褒められても「いや、決めたやつがすごいですから」といつも言うような少年だった。

他のやつとはどこか違う雰囲気を持っていた。だから高校卒業時に「大学に行って学者になる」と言い出した時も「まぁ、そうか」と思うだけだった。

私としてはプロでも絶対に通用するとは思っていたが、あいつの人生だし、私がどうこういうこともない。あいつが決めたのならそれなりの理由があるのだろう。いつも一緒にいるけど、決めたことには踏み込まない。私達の間でそれはお互いへのリスペクトの証だった。

プロサッカー選手の道に進むと私が言った時、あいつは嬉しそうにしていた。「そうか、頑張れよ」あいつそれしか言わなかったけど、あいつなりの祝福だろうと思った。プロサッカー選手と学者、悪くない。道は違えど、いつか交わり合うことを楽しみにそれぞれのキャリアを歩き始めた。


ーーー3年が経った。

私は夢にまで見たプロサッカーのピッチを後にすることを決めた。

現実は残酷でも甘美でもなく、ただありのままの現実を私の目の前に突きつけた。

理想としていた自分。現実の自分。

他人とは違うとずっと信じてきた自分。何者にもなれなかった自分。

特別な自分。凡庸な自分。

ひとしきり現実と向かい合った後、あいつに連絡をすることにした。何を話せばいいかわからないけど、言っておく必要があると思ったから。

あいつは電話にすぐ出た。

「おう。どした?」

「おう。あのさ、俺、サッカー辞めたよ」

「・・・そうか。お疲れさん」

なぜとは聞かずにただ「お疲れ」と言ってくれたことに感謝した。昔からこういうやつだった。

「いやー、全然だめだったわ(笑)」

「そんなことないよ。立派だよ」

「いやいや、まじで全然だったから。ほんと何もできず、って感じ。あー、これから人生どうなるのかなー。もう終わったも同然だな」

私が半ば投げやりにそう言うと、あいつは笑うこともなく言った。

「・・・お前、なんで俺が高校でサッカー辞めたか知ってる?」

「え?」

「サッカー辞めた理由」

「・・・学者か何かになるからじゃないの?」

「いや、そうだけど。ほんとは、勇気が出なかったんだよ。戦う前から負けたんだ、俺は」

「どういうこと?」

彼は少し間をおいた後、静かに話し始めた。

「実は、〇〇〇に練習参加したんだ、俺」

「え、嘘だろ?いつ?」

「高校3年の時。それでオファーもあったんだけど、いけなかった」

「なんで!?〇〇〇ってめっちゃ名門じゃん」

「そうなんだけど。練習参加した時に、いきなり紅白戦で、フィジカルで潰されちゃって。もうほんとに何もできずでさ。いかに今まで自分が井の中の蛙だったかと思ったよ。ボールをもらうことすらできない、ディフェンスも、邪魔することすらできない。完全に自信喪失しちゃったよ」

「そうなのか・・・でも最初だしそんなもんじゃ・・・」

「そう思えなかった。この中で通用するようになるとはどうしても思えなかったんだよ。それで戦う前から言い訳して、諦めたんだよ俺は」

あいつは、今度は少し笑いながら言った。そんな風に自分を貶めて話すのを初めて聞いた。いや、あいつはたとえ自分であっても持ち上げたり貶めたりせず、感じたままを話すようなやつだったから、本心からそう思っていたのかもしれない。

「そうなのか・・・知らなかった」

「誰にも言わなかったから。普段偉そうにしといて、ダメだったなんて恥ずかしいし。だから、お前がどれだけ苦労したのか、もがいたのか、よくわかるよ。俺なんてたった1日でノックアウトされたのに、3年だもんな」

一言一言が、ボディブローのように全身を刺激した。なぜあいつはこんなにも人の心に深く入り込めるのだろう。

「ちゃんと挑戦して、自分を信じて、戦って、負けたんだから何も気にする必要ない。人生終わったなんて言うなよ。むしろこれから始まりだよ。色んな貴重な経験いっぱいしてさ。人生終わってるのはむしろこっちだよ。最初から挑戦すらしなかったんだから。

挑戦したやつはすごいんだよ。すごいんだ。それだけで価値があるよ。お前が気づいていないだけで、すごく大きな財産を手にしてるよ。だから、落ち込むな。

この先の人生の方が長いんだから、10代、20代の人生を太く短く生きたんだと思って頑張れ。他の誰にも手にできない経験してるぞ。この先絶対、価値を感じてくれる人と出会っていくよ。本当に努力したことがある人なら、絶対にわかってくれる。無駄じゃないよ」

信頼している人からの「頑張れ」はこうも響くのかと、私は身を持って実感した。私は携帯を握りしめ、無言で何度も頷いた。


さらに数年が経ち、あいつは宣言通り学者になった。私はといえば、ビジネスというピッチでまた懲りもせず競争の渦に飛び込んでいる。

あいつはいつも大人びていた。小学生の頃から。だからいつしか私は、迷った時、あいつならどうするだろう?と考える癖がついた。

あの時思い描いていた絵とはかけ離れているけど、いつか二人の道が交わることになればいいなと思う。

その時は、今度はこっちから、とっておきのアシストを送ってやろう。

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