TCR 11 RAINBOW RAINBOW end.

「翠、白鷺先輩とつきあってるの?」
「え? どこから聞いたのそれ」
「噂になってる」
「そうなんだ。つきあってはいないよ」
「寝たの?」
「ああ、それはね。うん、そうだよ」
「つきあってないのに」
「あっちから誘ってきたんだ。しょうがないよ。僕にはとくに拒む理由もない」
「……翠って遊び人なんだね」
「葵ともしてるじゃん。いいでしょ?」
「あたしは彼女じゃないんだ」
「幼なじみだよ。それは葵がよく言ってるじゃん」
「言ってたけど。いまは、……」
「彼女になりたいの?」
「……わかんないけど」
「葵も刑部先輩と寝たらいいんだよ。僕だけじゃ
ない、男はね。きっと、もっとずっといいよ」
「翠って意地悪だね」
「そうかな。葵もなんか変わったね」
「人は変わるって言ったのは翠じゃん」
「僕のことも変えたいの?」
「そんなわけじゃないけど」
「僕は変わらないよ。変わるとしたら内側の自分のコアな部分からだ。他人が干渉したところで何も変わらない。僕は僕だ」
「そうやって誰も寄せつけないんだ、翠は」
「僕は僕で葵は葵だ。そうだろう?」
「さっきまであんなに繋がっていたのに」
「セックスなんて物理的接触に過ぎないよ。ただヴァギナにペニスを挿入してさ。すこしこっちが刺激すると決まった反応が来る。それだけのことだ」
「あたしはもっと……もっと神聖なことだと思うよ。ひとつになって溶けあって……魂がどこかに持っていかれるような。翠は違うの?」
「どうかな。あまり考えたことない。僕の初体験の相手教えてあげる。母親だよ。いまもしてるんだ。ひいたでしょ?」
「…………」
「僕はどっちみち君に相応しくないね。ただの幼なじみで好きな映画や音楽の話をするだけでよかったんだ。僕達は変わってしまったね。またあの頃に戻ろうか。もうセックスなんてしないよ。その前に僕と口も聞きたくないんじゃないの」
「翠」
「何?」
「あたしはあなたが好き」
「何言ってるの。結婚とかできないよ、きっと。マザーファッカーだ。笑っちゃうね」
「何もかも取り払った翠が好きなの。存在……魂かな。こんなにもあたしの魂はあなたを求めてる」
「初めてだからそんなこと言えるんだよ」
「そうかな。クラスメートのコもよく初体験済ませて話も聞くけど。みんな適当な恋愛してるよ。恋愛とも言えないような。処女はお荷物でさっさと捨てるみたいな。でもそれでいいのかな。セックスってもっと神聖なものでしょ? 処女も簡単に行きずりの男にあげたところで何になるの。あたしは嫌だ、そういうの。もっと魂ごと心ごとあなたにあげたい」
「感傷的になってるだけだ。じきに変わるよ。僕達はまだ14歳なんだ。大人になったら変わるよ、きっと」
「そんなのが大人なの。だったら大人になんか
なりたくない」
「時間は止まらない。何もとどめてはおけないんだ。すべては過ぎていく、猛スピードで」
「だったらあたしも猛スピードで駆けていく。そうしたら時間は止まるんじゃないの」
「相対性理論かな」
「翠、あなたとだったら私は走れる。一緒に走ろう。虹の彼方まで走るんだ。きっとこの手につかめる。完璧な円を描く虹が」
「わからないよ。それはモノクロの虹かもしれない」
「走らないとわからないよ」
「葵が言うなら仕方ないか。ハンドルは葵が握ってね。僕だと海に落っこちちゃう」
「よし! あたしの飛行機に乗って! TACHIKAWA cross rainbowまで飛ばすよ!」
「いつもの葵になってきたなあ。いつもTACHIKAWA cross rainbowじゃん。たまにはどこか別のとこ行こうよ」
「府中本町のRound1は?」
「そこもよく行くし」
「府中のル・シーニュ」
「近所ばっかりじゃん。フランス語で予感っていう意味だ」
「いい予感がするね」
「そうかな。でも葵って勘がいいから間違いないかも」
「RAINBOW RAINBOWって曲あるよ、1万年前の。この曲作った人も府中出身なんだよ」
「よく知ってるね」
「LINDBERGH CAFEの人に聞いたの。西府なんだって」
「へー」
「あたしのリンドバーグも全速力で行くよ!」
「安全運転でね、怖いから」
「しゅっぱーつ!」


 TACHIKAWA cross rainbowは今日も海面から突き出て陽光に照らされている。虹色に輝いてとても綺麗だ。葵はやっぱり明るいね、輝いてる。僕にはちょっと眩しいくらいだ。でもほっとくとどんどんチューニングが狂っていく僕を調律できるのは葵なのかもしれない。これはママ譲りなのかもしれないね。
 僕達はどんどん深刻に闇に向かって走ってしまうんだ。そこから戻してくれる強い力が必要だ。力強い光。僕にとってそれは葵なのかもしれない。この感情も変わるかもしれないけどね。
 すべては変わるんだ、風化してしまう。あのときあんなにも胸に響いた音楽が今日は何も届かないなんてよくあることだ。
 でも僕達は歌い、語り継ぐ。胸をうった体験やくだらないジョーク、昨日見た美しい月や咲いた桜。不安や慟哭や悦楽や哀しみや喜びを。
 僕達はいつも物語を語りたいんだ。だからSNSやblogをするんだろう? それが誰に読まれなくてもさ、1人にだけでも届けばそれでいいんだ。胸のうちに炎を感じる。いままでになかった感覚だ。

 西暦3000年の火のSIX DAY WONDERでこの世界は1回滅びた。最初はちいさな火だったんだろう。バタフライ・エフェクトだ、わずかな蝶の羽音が遠くの気象に影響する。僕の火も延焼してこの世界が燃えあがればいい。思いあがりだ、人は僕を夢想家だと嗤うだろう。でもJohn LennonのImagineのように西暦12000年のいまは国境なんてない、世界は海で繋がっているんだ。JohnとYokoの歌った世界になったじゃないか、たとえ真実が
隠蔽されていたとしても。
 Appleだって最初は2人から始まった。アダムと
イブ、伊邪那岐と伊邪那美、世界各地の創世神話は2人から始まるんだ。僕も葵となら世界を変えられるかもしれない。世界を変えるには自分が変わることからだ。きっとそうだよ。


 スピードを上げて僕達はいま走り出す。
 僕達のTACHIKAWA cross rainbowまで。


end.



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