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ビールと水〜④酸と塩基の基本

前回からの続き
前回までは水の基本性質について話しましたが、今回はビール醸造に関わりの深いpHといきたいところですが、、、pHを理解するためには酸と塩基の基本理解が必要ということで、定義の確認です。

酸・塩基の3つの定義

アレニウスの定義

1884年スウェーデンのスヴァンテ・アレニウスが提唱した酸と塩基の定義です。ざっくりいうと「水に物質をぶちまけて、水素イオンH+を放出するものが酸、ヒドロキシイオンOH-を放出するものが塩基」です。シンプルでいいですね。
ビールでは基本的には水(麦汁やビール)に溶かした時の状態が分かればいいので、アレニウスの定義で十分と思うかもしれません。ただ、アレニウスの定義だとアルカリ度(緩衝能)のことが分からないので、結局はブレンステッド・ローリーの定義が必要となります。

アレニウスの定義による乳酸の反応

アレニウスの定義のイメージは上の図のような感じです。ヒドロニウムイオンとか配位結合については後述します。

ブレンステッド・ローリーの定義

1923年にデンマークのヨハンス・ブレンステッドとイギリスのマーチン・ローリーによってそれぞれ独立に提案された定義です。よく「ブレンステッド酸」とか「ブレンステッドの定義」という感じで略されるので、ちょっとローリーさんがかわいそうな気がします。ローリーさんのこともぜひ覚えておいてください。さて、定義はざっくりいうと「物質が反応した時、水素イオン(H+、プロトン)を渡すものが酸、水素イオンを受け取るものが塩基」です。アレニウスの定義は水に溶かす前提になっているので、水自体が酸なのか塩基なのか分かりません(実際は水は酸にも塩基にもなりえます)。また、アルカリ度で出てくるバイカーボネート(HCO3-)のように反応する相手によって、酸にも塩基にもなり得るものの性質が掴めません。ブレンステッド・ローリーの定義ではそのあたりが明確になります。

ブレンステッド・ローリーの定義による乳酸と水の反応

上の図のような乳酸と水の反応を考えると、乳酸の水素イオンが水分子に移動しています。乳酸は水素イオンを渡すから酸、水は水素イオンを受け取るから塩基です。

ルイスの定義

ブレンステッド・ローリーの定義と同じ年1923年に、アメリカのギルバート・ルイスによって提唱されたのがルイスの定義です。ざっくりいうと「電子対を受け取って共有結合を作るものが酸、電子対を渡して共有結合(配位結合)を作るものが塩基」です。反応に水素イオンH+が関与していなくても酸と塩基が分類できるので、ブレンステッド・ローリーの定義より広い範囲をカバーします。

ルイスの定義による乳酸と水の反応

我ながら分かりづらいですが、上の図がルイスの定義の例です。乳酸は電子対を受け取って非共有電子対が一組増えて乳酸イオンになってるので酸、水は自分が持っている非共有電子対を与えて配位結合を作っているので塩基となります。ブレンステッドの酸・塩基の定義の拡張になっていて、水素イオン(プロトン)が関与する反応の場合はブレンステッド・ローリーの定義と同じ事象を電子対側の視点から見るだけなので結果は同じになります。広い範囲を対象としているメリットがある反面、直感的には分かりづらい定義と言えます。

酸と塩基の基礎理解のために

ビールに関係する酸と塩基の定義

以上、酸と塩基の定義を3つ見てきました。ビール屋にはアルカリ度(緩衝能)やpHの理解が必須です。なので、水素イオン(プロトン)や電子の動きが考慮されていないアレニウスの定義では不十分です。ビールは水溶液であり、ビールに関する反応には水やプロトンが関与するので、ルイスの定義を使って酸と塩基を考える場面というのはあまりないと思います。ということで実務上はビール屋は直感的に分かりやすいブレンステッド・ローリーの定義で酸と塩基を考えるのが良いように思います。とはいえ、水に限らず化学結合や化学反応は電子の動きが分かると本質が分かるので、余裕があればルイスの定義もおさえておきたいところです。

塩基とアルカリ

酸と塩基の定義を見てきましたが、ここで一応「塩基」と「アルカリ」の違いについて整理。ざっくり言うとアルカリは塩基より狭い範囲の概念です。塩基の中で水に溶けたものをアルカリといいます。塩基は水に溶けていないものも含みます。例えば、アレニウスの定義は水溶液中の反応を扱うので、アルカリ=塩基と考えることができますが、ブレンステッド・ローリーの定義やルイスの定義では水が関係しない反応も扱うので塩基という言葉を使う必要があります。
英語では、塩基=Base、塩基(性)の=Basic、アルカリ=Alkali、アルカリ(性)の=Alkalineとなります。元々はアルカリはアラビア語で木灰の意味で、灰をさらに熱すると残留するさらに強いアルカリ性物質のことを灰の素「基礎」と考え、塩基(Base)と名付けたことが由来だそうです。
ちなみに酸は、水溶液中でもそれ以外でも酸です。英語だと酸=Acid、酸(性)の=Acidicです。

ヒドロニウムイオンとは

ヒドロニウムイオンについても説明。酸によって放出されるH+は、水溶液中では水分子に配位結合して、ヒドロニウムイオンとして存在します。

ヒドロニウムイオンの生成

配位結合というのは、すでに軌道上に電子対が安定して配置されている分子において、その非共有電子対に陽イオンが結合することです。一旦配位結合すると、その電子対は共有結合性を持ち、他の共有電子対と区別できなくなるそうです。
3つの結合を持つ酸素のカチオン(陽イオン)の総称をオキソニウムイオンといい、その中でH3O+という特定のイオンをヒドロニウムイオンといいます。たまにH3O+をオキソニウムイオンと呼ぶこともあるのはそのためです。
pHの説明や式の中では、ヒドロニウムイオンではなく水素イオンH+として扱われます。水分子との差分で考えるということですね。

次回へと続く

今回は酸と塩基の定義や基礎理解のための内容でした。次回はいよいよpHについてです。

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

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