変わらないな【SS #モノカキングダム2023】
こちらのコンテストに参加しました。
【本文】
こんなところにあったか。
探していた結婚指輪がようやく見つかった。まさか傘立ての中とは。
先週末に大学時代の友人と久しぶりに飲みに行ったのだが、自分でも不思議なくらいに酩酊してしまった。会社の同僚とは話す機会のない趣味の文芸の話題となり、つい饒舌になって酒も進んだことは覚えている。
友人にタクシーに乗せられ、肩を貸してもらいながらようやく玄関に到着したらしいが、全く覚えていない。可能性があるとすればその時か。
指輪を探しながら妻との事を思い出していた。
祥子と初めて出会ったのは大学の文芸サークルの新歓コンパだ。僕は2回生で彼女は新入生だったが、サークル内で唯一同郷であったため互いにすぐ打ち解け、程なくして付き合うようになった。
彼女は小さなイタズラが好きだった。仕掛けるときは、毎回律儀に完全犯罪を成し遂げたかのような素知らぬ顔をしてる。大学生にもなってやるようなイタズラではなかったので犯人は1人しかいなかったのだが、みんなは優しかった。
またかという表情をほんの少しだけ見せながらも、ある程度泳がせてから「犯人、お前やろ。」と相手をしてあげていた。そして「完璧だったはずなのに。」と祥子が膝をつくところまでが恒例のパターンとなっていた。
僕自身、何度も被害に遭っている。サークル活動の一環でコンテストに作品を応募しようとしたときが一番ひどかった。執筆に励もうとする度に集中力を切らせるようなことをしてくる。「終わったら好きなところに連れて行ってあげるから。」と約束して、大人しくしてもらい、どうにかこうにか書き上げた。
その時は綺麗な夜景が見たいというのでヘリコプターの遊覧飛行を予約した。10分ほどのフライトでなんと5万円。僕の1か月分のバイト代が飛んで行った。でも無邪気にはしゃぐ横顔を見せられるとイタズラやお金のことなんて消えてなくなっていった。多少かまってちゃんなところは否めないが、可愛らしい人だなとずっと思っていた。ちなみにコンテストは箸にも棒にも掛からなかった。
社会人になってからも交際は続き、この人と人生を共に歩もうと結婚を決めてからもうじき6年が経つ。僕としては幸せな家庭を築けていると思っている。
まもなく2歳になる息子もいて、可愛くて仕方がない。寝顔なんていつまでも見ていられる。指輪も見つかったことだし、早く遊んでやろう。
そうだ、その前に指輪を見つけた報告をしなくては。失くしたことは既に白状してある。隠し事をしないことが夫婦円満の秘訣だ。来週の結婚記念日までには見つけるから、と言って猶予期間をもらっていた。
「やっと見つかったよ。」
「もう。失くさないでよ。見つかったから良いけど。」
「先週、中村に担がれて帰ってきた日あったでしょ。多分、あの時じゃないかな。」
「ぐでんぐでんに酔ってたもんね。だから傘立てに落ちてたんだ。」
なんとか猶予期間中に見つかったので、許してくれているみたいだ。
「ねえ。」
「何?」
「来週だけど、このシェフのレストランに行ってみたい。」と言って、僕にスマホを見せてきた。完全に予算を超えているが、こうなるともう仕方がない。
「分かった。任せとけ。」と言うと、小躍りして喜んでいる。
僕は昔を思い出しながら、彼女の横顔を見つめていた。
「どうしたの。」
「いや、変わらないなと思って。」
「何のこと。」
祥子は素知らぬ顔をして言った。
おしまい。
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