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テクノを愛してる:入門者向けの名盤ディスクガイド

音楽好きの間ですら誤解や偏見が少なくない、テクノというジャンルへのご案内。サブスクで今すぐ聴ける名盤たちを紹介します。消えつつあるCDというメディアについての余談も。


マイナージャンル一直線

以前掲載した「コンサーティーナより美しい楽器ってある? (2023.12.3)」の記事では、私が趣味で演奏活動をしているアイルランド音楽について触れました。

これは音楽関係の趣味の中でもけっこうマイナーなものに属すると思うのですが、アイルランド音楽のファンには世界各地にちゃんと地域のコミュニティというものが存在しています。そのため、一緒に演奏する仲間を見つけたり、この分野の深い話をする相手を見つけるには、意外と苦労しません。さらにアイルランド音楽好きというのは、大抵は音楽全般が好きな人なので、私が昔から好きな1970年代イギリスのロックとか、それに続く時代に発展したメタルのような分野の話をできる人もちらほらいます。

ところが、そんな私が未だに仲間を見つけられていない分野があります。それはテクノです。これまで随分多くの音楽好きの人と会ってきたのに、テクノが大好きという人に出会ったことが一度もないんですよね。アイルランド音楽は知らなくてもテクノは知っているという人のほうが世間にはずっと多いはずなのに、これは不思議です。

テクノっていうと、クラシックとかに比べると奥が深そうな印象は受けないし、むしろ音楽として単調というか、パリピがノリと音量だけで流してるようなジャンルだと思われがちです。かなりの音楽好きであっても、こういう偏見を持っている人はいると思います。

しかし、これは誤解です。テクノというのは繊細で、知的で、奥が深いジャンルです。この記事は、そんなテクノの世界へのご案内です。言葉による説明もしてみますが、他の音楽と同じく、音楽の魅力というのは説明するよりも聴いたほうが早いので、サブスクですぐに聴けるおすすめの作品をいくつか紹介したいと思います。

言葉の定義(読み飛ばしてもいいよ)

テクノという言葉には、広義と狭義の意味があります。

普通にテクノという言葉を使うときは主に広義のほうで、ビートのはっきりした電子的な音楽があれば、だいたいそれはひとまとめにテクノと呼ばれます。近年では、この意味としてはエレクトロニカという言葉を使うことのほうが多いかもしれませんが、言葉としてはテクノのほうが古いです。もしかしたら、テクノって呼ぶと年代がバレるのかも…どうなんだろう…(怖いなあ)。

狭義のテクノというのは、この電子音楽の中でも、もう少し細分化された特定のジャンルを指しています。アメリカのミシガン州にデトロイトという都市があって、ここに暮らす黒人の人たちを中心に、シンセサイザーやリズムマシンを使用した新たな音楽のムーブメントが起こりました。1980年代のことです。狭義のテクノという言葉は、概ねこれを源流とした音楽を指しています。20世紀後半のテクノロジーの進歩によって生まれたこれらの電子的な機材は、楽器としてそこまで高価でなく、レコーディング用の大がかりなスタジオなどの設備も不要で、それを扱うには専門的な音楽教育も必要ありません。

デトロイトという街は特に文化的で裕福というわけではなく、むしろ失業と貧困の問題で知られていたのですが、テクノという音楽はそのような土壌で生まれたのです。テクノ=Technoという言葉は、このデトロイトの代表的なミュージシャンであるJuan Atkins(ホアン・アトキンス)が最初に使用したと言われています。

ドイツのKraftwerk(クラフトワーク)というグループがテクノ・ゴッドと呼ばれることがあって、彼らは日本で有名なYMOとも音楽性が近いので、テクノに特別詳しくなくてもご存知の方はいると思います。彼らについては、クラウトロックやテクノポップというジャンルに分類するのが適切で、ここで言う狭義のテクノという言葉の範囲からは少し外れています。ちなみにKraftwerkはどちらかというとヨーロッパの裕福なインテリの人たちなので、背景も違っていますね。

という感じで、私の知っている限りで少し突っ込んだ話をしてみましたが、正直なところ、私はそこまでテクノというジャンルに詳しいというわけではないです。とりあえず、この記事で使うテクノという言葉は、最初に挙げた広義の意味で使っていると考えてくださいね。

では、さっそく入門者向けの名盤たちを紹介していきましょうか。

入門者向けのディスクガイド

選んだ基準について

以下のような基準で選び出してみました。

  • Apple Music等のサブスクで気軽に聴ける

  • テクノの知識がなくてもすぐに楽しめるような、わかりやすさがある

  • それでいて、玄人受けするような音楽性の高さと奥深さがある

私はめんどくさいタイプの音楽オタクなので、「安直なベスト盤なんて聴いてないで、ちゃんとオリジナルアルバムを1枚1枚聴きなさい!」とか言っちゃうほうなのですが、この記事ではベストアルバムのような編集盤も取り上げています。これはロックなどと違って、テクノという分野でのリリース形態は単発のシングルがわりと一般的で、「アルバム=ひとつの作品単位」「シングル=そこからより抜かれた代表曲」という考え方があまりないためです。

今回選んだ作品は全部で4点あります。テクノという音楽は、自然と身体が動くようなキラキラした高揚する作品から、聴いているとそのまま眠ってしまうような瞑想的な音の世界まで、振れ幅が広いです。そのため、なるべく互いに異なる感触を持った作品たちをセレクトしました。

どうぞお楽しみくださいね。

Galaxy 2 Galaxy (Underground Resistance) - A Hi-Tech Jazz Compilation (2005)

テクノを紹介する上で、ただ1枚だけを選べと言われたら、私は迷わずこれを選びます。まあ、正確にはCDでは2枚組のボリュームの作品なので、物理的に1枚ではないのですが……。メロディとリズムにシンプルな気持ちよさがありながら、音楽的な深さと高い完成度もしっかりと同居していて、文句のつけようがないです。

Galaxy 2 Galaxy(ギャラクシー・トゥ・ギャラクシー)は、Underground Resistance(アンダーグラウンド・レジスタンス、通称UR)というユニットの別名義です。デトロイトテクノについての説明で、デトロイトの黒人たちを中心に起こった音楽だということに触れましたね。URの中心人物であるMad Mike(マッド・マイク)もその中のひとりです。

黒人の音楽というと真っ先にジャズが思い浮かぶと思うのですけど、この作品のタイトルにもJazzという言葉が掲げられています。この作品ですごく面白いなと感じるのは、ジャズ的な精神と電子的テクノロジーの融合です。どうしてアフリカをルーツに持つ黒人たちがジャズのような音楽を生み出せたのかということを考えるとき、すぐに連想されるのは、彼らの身体性という側面でしょう。安直な連想かもしれませんが、オリンピックの陸上競技で黒人の選手が強いといった傾向はよく目にしますね。

しかし、多少の生演奏が混ざることはあるにせよ、テクノという音楽は基本的には機材を使ってデータを打ち込んで作るものであって、楽器によって身体から生み出されるグルーヴといったものとは無縁であるはずです。それなのに、デトロイトの黒人たちによるテクノには、他には見られない明確なグルーヴがあるんです。クラシックやジャズに詳しい人で、機械的に生み出される無機質なビートなんて……と考えている人がいたら、いいからちょっと正座してこれを聴きなさい、という感じです。

テクノで使用される機材というのは、西洋の白人がいなかったら発明されないものだったと思います。そして、初期のテクノにおいてそのサウンドを決定づけたローランド社のTR-808やTB-303といった機材の重要性を考えると、日本人が果たした役割も大きいと言えます。多様性のスローガンみたいな抽象的な話じゃなくて、音楽史の中で多様な民族性の融合から実際に素晴らしい芸術が生まれているという事実を見ると、音楽ってすげー!! ということを心から感じます。

曲単位でのおすすめは、テクノというジャンルでこれ以上の名曲がどこにあるだろうかと思うようなタイトル曲の「Hi-Tech Jazz」、オルガンの音色にファンクの影響を感じさせる「First Galactic Baptist Church」あたりでしょうか。

LFO - Sheath (2003)

イギリスにWarp Records(ワープ・レコーズ、正確な発音は「ウォープ」に近いとのこと)というレーベルがあります。比較的ひねりのない単純な構造のダンスミュージックというテクノのイメージに反して、Warpがリリースしていたのは非常に先進的で芸術性の高い電子音楽の作品群です。Warpの代表的なアーティストとしてはAphex Twin(エイフェックス・ツイン)や、Radiohead(レディオヘッド)に影響を与えたAutechre(オウテカ)などが知られていますね。

LFOもWarpの代表的なアーティストで、元々は2人によるユニットでしたが、この作品のリリース時にはMark Bell(マーク・ベル)によるソロプロジェクトとなっています。Mark BellはBjörk(ビョーク)のプロデューサーなどとしても知られているので、この人の関わった作品を知らずに聴いていたという人もいるかもしれません。

この作品はとにかくあらゆる音が過剰で、音色が自由に合成できるというシンセサイザーを使用した作品でも、これほど個性的で尖った音の世界を作り出したアーティストはそうそういないでしょう。ドラムのパターンも音色も、そもそも人間が演奏することを前提としていないめちゃくちゃな作りになっています。電子的な機材を使わずにこうした音楽を作り出すことは決してできないので、テクノが音楽表現の世界を広げたという、ひとつの明確なサンプルだと思います。

代表曲の「Freak」は、制服姿の少女たちが踊るプロモーションビデオが非常に印象的です。これも以下に掲載しておきましょう。

Moritz von Oswald Trio - Vertical Ascent (2009)

リバーブというエフェクターがあります。元々は生楽器などの音色に対して、コンサートホールの響きのような反響音を加えるための機材です。こういったエフェクターをあえて極端に強くかけて、楽器の自然な音というよりはエフェクターによって人工的に発生させた響きを強調して聴かせる音楽が存在していて、これはダブと呼ばれる手法です。

Moritz von Oswaldは、このダブという手法とテクノを融合させた、ダブテクノと呼ばれるジャンルの創始者とも言えるアーティストです。この作品の発表時期よりも前には、彼はBasic Channel(ベーシック・チャンネル)というユニットで活動していて、これもJuan Atkinsなどと並んで、テクノの世界では伝説的な名前のひとつです。

この作品を聴いてみると、先にご紹介したGalaxy 2 GalaxyやLFOの印象からは一転して、霧のかかったような抽象的な音の世界です。これがすごく気持ちいいんですよね。テクノというのはシンセサイザーの明るく未来的な音色や、ダンサンブルな四つ打ちのビートも使われますが、こんなふうに自然の中で波や風の音を聴くような世界もあるんです。

聴いているうちに寝てしまうような気持ちのいいテクノというと、個人的にはこの作品がいちばんかなと思います。本作には、よく似たアートワークの姉妹盤とも呼べる「Horizontal Structures (2011)」という作品もあり、こちらもなかなか素敵です。

Cybotron - Clear (1990)

これはどちらかというと聴く人を選ぶ、アクの強い作品で、なるべくわかりやすく楽しんでもらえる作品を選ぶという今回の趣旨を考えると、取り上げるべきか微妙かも……という気持ちもありました。しかし、先にご紹介したJuan Atkinsを中心に制作されたテクノの源泉みたいな作品なので、外せないと判断しました。まあ、最後に1枚くらいディープな作品があって「なんだこれ?」と思ってもらうのもいいでしょう。

これはテクノの古典的名作としても扱われますが、エレクトロないしエレクトロ・ファンクと呼ばれるジャンルにも分類できます。ファンクというのは少しジャズの影響も感じさせる、ベースのバキバキ鳴ったりするあれ(安直な連想)ですね。そしてテクノ=電子音というイメージがありますが、エレクトロには歌メロっぽくないボーカルが入ることがあって、ヒップホップとも近い部分があります。この作品の「Clear」というタイトルは1990年にリイシューされたときのもので、元々は「Enter」のタイトルで1983年にリリースされたとのこと。

この作品から感じられるのは、レトロフューチャー、つまり昔の映画や小説に出てくる「近未来」のようなイメージです。初期のリズムマシンの音というのは、特有のチープな響きを持っています。これは生ドラムの代替品として考えるならば貧弱な音ということになるのですが、ひとつの独立した電子楽器ととらえれば、なかなか味があって面白い音色です。さまざまな音楽性を持つ広い意味でのテクノの中でも、これは特にデトロイトテクノに特徴的なサウンドでしょう。

Juan Atkinsの諸作品から感じられるのは、第一には空間的な余白をうまく使った電子的なサウンドのセンスですが、この作品ではどこか癖のあるボーカルが多く含まれています。芯のある太いシンセサウンドにこのボーカルが合わさった本作は、テクノというジャンルの中でも妙に中毒性が高いです。

Juan Atkinsは、さきほどご紹介したとMoritz von Oswaldとのデュオ(Borderland名義)で、「Borderland (2013)」と「Transport (2016)」の2枚のアルバムも発表しています。これはテクノ界のビッグネームふたりによるタッグで、あまり詳しくない状態で聴くと「なんだか地味な音楽だな」という感想で終わってしまうと思うのですけど、テクノのアルバムを100枚くらい聴いたあとに聴くと、その研ぎ澄まされた職人技に「凄すぎる」という感じになると思います。他にも、Juan Atkinsの活動の主要な名義としてはModel 500(モデル・ファイブハンドレッド)があって、「Deep Space (1995)」などはかなりの名盤です。

古いタイプの音楽ファンによるこぼれ話

作品のご紹介はここまでです。最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。本当はBoards of Canada(ボーズ・オブ・カナダ)とかAndy Stott(アンディ・ストット)とか、私の大好きな他のアーティストもご紹介したかったのですが……まあ、好きなものを語り出すとキリがなくなるので、この辺にしておきます。

さて、ここからはテクノの紹介とは直接関係がない、一音楽ファンとしてのちょっとした余談です。

この記事の先頭にあるヘッダ画像は、もちろん音楽CDの記録面を写した写真です。光が虹色に反射していますね。しかし、最近の若い人は音楽好きであってもめったにCDなんて買わないし、そもそもCDプレーヤーとかミニコンポみたいな再生環境が家に存在していないという恐ろしい話を聞いたので、もしかしたらフロッピーディスクとかと同じで、CDを見たことがないという読者もいるかもしれません。

現代で音楽を楽しもうと思ったら、スマホ、サブスクのサービス、そしてBluetoothのちょっといいスピーカーかイヤホンさえあれば、それで十分なんですよね。思い返してみると、私もここ数年はCDなんてほとんど買っていません。たまに初回限定盤でサブスクに登録されないであろうライブ録音のボーナスディスクがついてるとか、私の好きなアイルランド伝統音楽でサブスクの範囲外にいるアーティストを聴きたいときとか、そういう例外があるくらいです。

私は現在30代ですが、1970年代の洋楽ロックが好きで、10代後半から20代前半の頃は紙ジャケットのCDを買い漁ったりしていたので、まあ古いタイプの音楽ファンです。3000円くらいするCDを1枚買うというのは、若いうちはそれなりの出費です。だから1枚1枚をすごく大切に聴くんですよね。これはCDを買ってレコード屋さんから帰るときのワクワク感とか、ブックレットの手触りを思い出すみたいな、単なるノスタルジーの話だけではないんです。こういうメディアのあり方というのは、音楽作品を真剣に聴くのか、ファストフード的に消費するのかっていう姿勢に影響してきます。定額のサブスクのサービスというのは信じられないくらい便利ですが、これがリスナーとしての深くて大きい幸せな体験に繋がっているかというと、そう単純に言い切れないよなっていう一面があります。

メディアも技術も変化していくのが当たり前なので、年寄りが「昔はよかった」とか言ってみてもしょうがないです。考えてみれば、レコードやカセットテープの登場以前は、音楽を聴くのはコンサートやライブという形が普通であって、録音メディアを個人が所有するという時代がむしろ一過性のものだったのかもしれません。映画のDVDやBlu-rayディスクなどもそうで、動画配信もだんだんネット経由になって物理メディアは使われなくなってきていますよね。時代は変わります。

テクノという音楽は、20世紀以降に発展した科学技術がなければそもそも存在できませんでした。バンドの魅力に取り憑かれることで音楽の世界を知った身としては、ギターロックの衰退みたいな現象は寂しい話ではあります。それでも、テクノをはじめとした電子音楽のように、新しい音楽表現というのはいつでも生まれています。繰り返しになりますが、昔はよかったなんてことはありません。

音楽の世界は、常に拡大し続ける無限です。その世界のすべてを知ることができないのは残念ですが、今回の記事で、テクノというひとつの魅力的な領域について、何かを惹かれるものを感じ取ってもらえたら嬉しいなと思います。

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