こどものころのはなし(夏の「軽い」ホラー:実話)

 小さいころの話なんですけど、青山のとあるビルの屋上の、申し訳程度に水たまりのようなプール(たぶん夏以外の季節はおしゃれにデザインされた噴水とそれを取り囲む休憩所としての場所)がある広場によく遊びに行ってたんです。

 大人にとっては膝やくるぶし程度の深さしかないプールが3つや4つあるだけだからか、特にあれこれ禁止事項もなく、子どもたちがみんなゴーグルや、空気で膨らませるボートのような遊具を使って自由に遊んでいたんです。

 母を含めて、まわりの大人たちはみんなプールサイドのデッキチェアで、水辺で遊んでいる子どもたちを眺めていたり、休んでいたりして、どこにも危険性を感じない、都会の、いつもと変わらない、平和な昼下がりでした。

 まだ3歳ほどだったわたしは、いくつかあるプールの中でも一番浅いくらいの、頭も沈みきらないほどの浅瀬で遊んでて、そばでは同じくらいの年頃の男の子二人が、子供用の小さなビニールのボートに乗って遊んでました。

 そのさなか、わたしがプールにお腹をつけてバチャバチャ遊んでいる時に、偶然、男の子たちが乗っているビニールのボートがわたしの真上に流れて覆いかぶさってきたんです。

 はじめはなんとも思っていなかったんですけど、水面に顔をあげようと両腕に力を込めた時に子どもながらに状況の深刻さに気が付きました。

 いくら体を起こそうとしても、上には同世代の子供が二人も乗っているボートがあるし、下はお腹を擦るほど地面にくっついているので身動きが取れず、どれだけ頑張っても、水面までのあと10cmがどうしても遠くて、これはもうダメかもしれないと思いました。



 あれからだいぶ時間もたって、私も大人になりましたけど、今でもたまに不安になる時があるんです。



 ひょっとしたら、あのままずっと子どもたちが乗ったビニールのボートと、くるぶしまでの深さしかないプールの水底の隙間で、10cm先の水面を目指して、今でももがき続けている途中なんじゃないかって



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