【感想】「あなたの29年間は」(第4~6回)

あけましておめでとうございます。

「あなたの29年間は」感想の後半です。(前半はこちら


アガパンサスの花を散らして降りたりし入梅のまへの雨のかそけさ/山下翔「白桃」

複雑な家族関係に置かれた心の内を表しているかのように、この連作ではたくさんの雨が降る。中でもこの一首。「アガパンサス」「かそけさ」から浮かんでくる静かな情景の美しさと、一拍置いて伝わってくる秘めた思いの強さに圧倒される。梅雨入り後の雨の行方を知りたいという好奇心と、知ってしまったら戻れなくなるという恐怖に似た感情が同居している。


おねえちゃんだからねおねえちゃんだから蟻の巣穴に注ぐカルピス/西村曜「夢に遅れて来た子ども」

「おねえちゃんだから」という言葉でたくさんのことを我慢している様子が見事に表現されている。特に下句では子どもらしい行為で無邪気さと孤独を両立することに成功している。「おねえちゃんだから」は大人から投げかけられたのではなく、自分に言い聞かせることで寂しさを押し殺しているように読み取った。


これだからゆとりは駄目と叱られるあいだも宇宙は拡がってるし/夏山栞「葛根湯ドリンクは甘いんだと思う」

平成2年生まれはゆとり世代だ(かろうじて円周率は3.14で計算していた)。物心ついたころから事あるごとに大人から「これだからゆとり世代は」と揶揄されてきた。しかしゆとり教育は私達の手の届かない場所で決められたことだし、非ゆとり教育との違いも実感として持てないし、そもそも宇宙からみたらちっぽけな問題なんだという諦めにも達観にも似た感情がここにはある。


大怪我も大病もなく過ごしきていま舌先がもぞもぞとせり/山川築「列に加はる」

これまで健康に生きてきたが果たしてそれでいいのだろうかという疑念から舌がもぞもぞして落ち着かないということでしょうか。「大怪我も大病もなく」はユニークな視点だが、その裏側にはなにも大成できていないという心理も隠されているように思う。


遠慮なく減らし続けた嫌いなものは減らしてもよいルールの中で/山川創「儀式」

一見冷たい印象の内容だが、現代を象徴した一首でもある。膨大な情報や物質がリアルタイムに届くこの時代ですべてを抱え込むのは不可能で、嫌いなものを減らし続けないと歩けない。私はなかなか減らすことのできない人間なので、この歌のように「遠慮なく」と言い切って決断できるようになりたい。


2020年、30歳になります。何も変えているつもりはなくても確実になにかが変わる年になります。いい方向に変化したいですね。

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