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舅、息子の嫁に執心せしこと

昔、むかし。
今の静岡が、遠江(とおとうみ)と呼ばれていたころ。
この国に、堀越何とかという人がいたが、この人は十五歳の時に男の子を一人もうけ、この子は十五歳になった時に嫁を迎え入れた。
つまり堀越は、三十歳で舅となったのである。

この嫁は、顔かたちも美しく、万事に於いて気の利く女であった。
が、舅の堀越は、この嫁と顔を合わせてもろくに口もきかず、嫁の顔を見ないようにうつむいてさえいた。

誰もがこの様子を不審に思い、
「嫁が、気に入らないのですか」
と問うと、
「いや。夫婦の間さえ良ければ、それでいい」
と、言った。

それから三年ほどの間に、どうしたことか堀越は気が抜けたようになって、病にかかり、それは次第に重くなっていった。

嫁が、
「お見舞いに参りましょう」
と襖の向こうから声をかけても、
「いや。見苦しい病人の床である。来てはならぬ」
と言って、近くへ寄せ付けなかった。

しかし。
いよいよ臨終の時となった。
嫁は堀越の枕元に寄り、手足をさすって看病した。
その間、堀越の妻や他の人々は隣の部屋で休んでいた。

しばらくすると。

人々の耳に、奥の方から屏風や障子にハラハラと物が当たる音が聴こえてきた。
みなは不思議に思い、堀越の部屋の襖を開けはなった。

そこで見たのは。
巨大な蛇となって、嫁の体を三つ巻きに巻いている堀越の姿だった。
その堀越の蛇の胴体の下から、ザザッと水が溢れ出した。
みるみるうちに水かさを増し、渦を巻いて屋敷も家も沈んでしまった。

そして。
今、堀越ヶ池と言われるその池は、つい最近まで天気の良いときは、水の中に家の柱などが見えたと言う。
今では水も浅く、小さな池になってしまったそうである。
もはや、蛇の堀越も棲んでいないのであろうと、人びとは言う。

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