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稼ぎたい、お金が欲しい。それの何が悪いというのだろう?

【お金と欲】という話について。
必要以上の贅沢を望むものではない、お金を持ちすぎると身を持ち崩す、という親世代のこういった考えや価値観。
これらが、いかにわたしたちを縛ってきたことだろうか?
実際にわたしはこのような考えに触れながら成長してきたわけだけど、その結果がこの社会と自分の現状だ。つまりは、【そこそこ人並み】の生活。

人並みの収入や必要最低限の生活の継続が、人々にどんな光をもたらすというのだろう?夢や希望を早い段階で摘み取られた上、残るのは諦めと失望と無難。
世間体や生活費のために働くことを強いられてる中で、心から仕事が楽しいだなんて思えるのだろうか?身に余るほどのお金は人を破滅させるというけれど、人間から生気を奪うのは、むしろ経済的貧窮じゃないの?

お金が欲しいなら欲しい。
もっとお金持ちになりたい。
こんなのは当然の欲求なのに、それを言うことを下品だとされるこの風潮は、いったい何なの?わざわざ声高にアピールすることでもないかもしれないけれど、言ったところで悪くもないし下品でもない。

ここまでで確かにそうかもしれない、と思ったのなら、親にかけられたお金と欲の呪縛は、1日も早く断ち切った方がいい。
その上で、新たな価値観を設定し直す。そして以後その価値観に基づいて行動し、モノを考えること。まずはここから。




欲は、成長のための燃料だと思う。
もともと人間というのは成長に向かって歩んでいくように設定されているのだから、みんなもっと堂々と欲を使って成長していけばいい。
【稼ぎたい】もそうだし、【モテたい】だって立派な欲の一つ。
種類は何であれ、欲があるからこそ新しいプロダクトやサービスが生まれるわけで。その欲をたどれば、必ず大元には不満や不便、不快という感情がある。それら【不】の感情が認知され、じゃあどうやったらそれが解消されるか?と考えるからこそ、万事が発展・進化していくのだ。

不快や不満が好きを見つけるツールになると以前書いたけど、これらの感情は結局、企業や経済の発展にも大きく寄与している。世間はすべてにポジティブを良しとするところがあるけど(もちろんそれも大事なこと)【不】の感情があるからこそ、革新や変化が生まれるのだ。ネガとポジは常に表裏一体であり、どちらも等しくある。どちらかだけに偏れば、結局全体のバランスが崩れる。

これは、何にでも共通して言えること。
得が欲しいなら損も受け取ることになるし、好かれたいのなら嫌われることも覚悟しなきゃならない。望みを叶えたいのなら、何かを捨てなければならない。



ああ世の中というのは実に、絶妙のバランスでできている。



※欲については、こちらにも書きました。


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