見出し画像

50歳のシンデレラエクスプレス

新幹線の中央改札口で待ってるよ

博多行きののぞみが、最後の停車駅を出て速度を上げ始めたころ、そんなラインが私のスマホに届いた。窓の向こうには小倉の街並みと、西鉄バス。帰ってきた。そしてもうすぐ彼女に会える。

久しぶりの帰省である。コロナ禍初だ。その間、両親がともに癌の摘出手術をした。毎度駆け付けたい気持ちは山々だったが、このご時世、もちろん親が入院している病院に見舞いに行くことはできなかったし、退院した後も、新幹線に乗り、感染者の多い地域を通って病み上がりの高齢者に会いに行くというのはどうしても憚られた。憚られたから新幹線の予約を2回キャンセルした。

そうしてやっと実現した三度目の正直の帰省である。私が帰ることで両親が疲れるといけないと思い、一泊二日の弾丸帰省とした。親不孝と言えば親不孝だと思うが、こちらとしても両親の弱り具合が分からないのと、何より老いたであろう両親の姿を目の当たりにするのが怖いという思いもあって、まずは、まずは顔を見に行こう、そう思っての一泊二日だった。

さてそうなると、会いたい地元の友人がいる。何せ久しぶりなのだ。しかし、一泊二日で時間がない。そもそも帰省の目的は親の顔を見に行くことなので、これまでのように実家に滞在中に友人を家に呼んだり、ご飯を食べに出かけて行ったりすることは難しい。何しに帰ってきた、というものである。

やはり無理か…

いったんは諦めて、連絡するのはやめようと思った。まあ、また機会もあるだろう。親も元気だったらまた近いうちにゆっくり帰ってくればいいし、そのとき会えばいいかな、と思った。

しかし、と一方で思いなおす。

人生であと何回、私は帰省するだろう?

親は老いている。この先ますます老いていく。いつか親がいなくなり、住んでいる家を処分するなり兄が引き継ぐなりすれば、私の帰省先はなくなる。その前の段階で、頻繁に帰省する時期があるとしてもそれは、これまでのようにのんびりするものではなく、家と病院と役所との往復、何かしらの手続きや用事をこなすための帰省となり、本当に友人とお茶など飲んでいる時間はないだろう。

今回、今回はまだ、短い時間でも会う時間は取れるかもしれない。

「急だけど、明後日から一泊二日で帰省します。明後日の午後、家にいる?いるなら実家に帰る途中でちょっと寄ろうかなと思って」

私は友人にラインした。割とギリギリに連絡したのは、前もって連絡すれば、友人は万難を排して時間を作るだろうと思ったからだ。短い時間しか取れないし、もし仕事ならもうそれは仕方がないということにしよう、そう思った。

「あ~、その日は仕事だなあ」

即レスである。だよね。普通そうだよね。平日だもんね。まあ、仕方がない。そう思って「残念、急にごめんね」みたいな返信をした。

「他のタイミングで何とか会えないかな?」

スマホを閉じて、その場を離れようとしていた時、思いがけない返信が来た。それからしばらくのやり取りがあったあと、彼女が博多駅に迎えに来て、私の家まで車で送ってくれることになった。「その日は仕事じゃなかったっけ?」と聞いたら「片付けた」という頼もしい返事が返ってきた。二日前でもやはり、彼女は万難を排してしまったらしい。かくして、駅から実家までの帰路が、友人との再会の時間となった。

小倉から博多まではほんの15分ほどだ。ほどなくして新幹線が減速をはじめる。福岡の街並みと都市高速が見える。博多駅に到着する車内アナウンスを聞きながら私は席を立ち、荷物をまとめてコートを着る。帰ってきた。やっと帰ってこれた。

コンコースを抜け、新幹線中央改札口、と表示された階段へ向かう。平日昼下がりに到着する列車の乗客はあまり多くない。

階段を下りきる前に、自動改札とその向こうの駅の景色が見えてきた。私は切符を取り出し、右手に握りしめる。

改札の向こうの、大きな柱のそばに立っている人影が目に入った。あれだ、と思う。人影はたくさんあるし、視力の良くない私には、まだ個人を識別できるほどはっきりと見えてはいないのにそう確信した。それから視線はそこに釘付けになる。

人影がこちらを向いた。
ほらやっぱりそうだ。階段を下りきったら、あとは平面をまっすぐ改札へ向かうだけ。
人影が、柱から離れてこちらに向かって歩き始める。
駆けだしたい!きっとあれだ。でもまだ顔がはっきり見えない。大股で!速足で!出来るだけ速足で!!
友人が改札まで来て笑っている。私を見ている。私も彼女を見ている。
切符を改札に入れる。歩くスピードで滑らかに、送り出すように。これが最後。
ガシャンとゲートが開いて。

お帰り!!
ただいま!!

折しも時期はクリスマス。新幹線でのシチュエーション。
そう、これはいつか流行ったシンデレラエクスプレスさながらだ。

50代の私の場合、待っていたのは恋人ではなく古い女友達。これまでの生き方のご褒美のような、最高のシンデレラエクスプレスである。

#クリスマス #新幹線 #博多 #帰省 #シンデレラエクスプレス  


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?