強姦罪における合意(和姦)の主張について

■ある刑事弁護人の活動の当否

このところ,強姦事件の弁護人のある言動が話題になっています。


宮崎の強姦ビデオ事件で、加害者側弁護士の懲戒請求に1万2000人がソーシャル署名。 募集したビジネスパーソンをインタビュー  | 女はそれを我慢できない! | 現代ビジネス [講談社]
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/42198

宮崎強姦ビデオ:被害女性が公表した手記全文 - 毎日新聞
http://mainichi.jp/feature/news/20150121mog00m040008000c.html

強姦事件の被告人側弁護士「告訴取り下げたらビデオ処分する」新聞報道をどうみるか?|弁護士ドットコムニュース
http://www.bengo4.com/topics/2574/


上掲の各記事で問題になっているビデオの件については,現段階では,弁護人の言動等の事実関係に関する正確な詳細が明らかではありませんので(被害者の方と弁護人,それぞれの当事者の主張はありますが),今,特に何か私から申し上げることはありません。

弁護人は,被害者が主張されるような不合理な行動をとったのかもしれませんし,上掲の弁護士ドットコムの記事で萩原猛先生が指摘されているような意図で行動をとられたのかもしれません。

少なくとも今,断定できるだけの根拠を私は持ち合わせてはいません。

また,これからご説明するように,強姦事件ではしばしば合意の有無が問題になります。ですから,一般の方のご感覚からすれば奇異に見えるのかもしれませんが,上掲の萩原先生のご指摘は法論理としては十分にあり得るものです。


【2015.03.13追記】
宮崎・強姦事件:「報道適正化を」12弁護士が要請 - 毎日新聞
http://mainichi.jp/select/news/20150226k0000m040137000c.html

「意見書で、毎日新聞など一部の報道に有罪を前提とするような表現や、弁護士は女性の弁護士と交渉したのに女性に直接、ビデオの存在を示して脅したかのようにとれる表現があると指摘。弁護士は、無罪を主張する男の言い分を裏付けるものとしてビデオを提示したとしている。」



■合意が「本当に」あれば強姦罪は成立しません

ところで,今回の事件では強姦罪(刑法177条)が問題となっています。

強姦罪については,以前,別の拙稿でも取り上げたことがありますが,刑法では次のように定められています。

(強姦)
刑法第177条

暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は,強姦の罪とし,3年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も,同様とする。

そして,常識的に考えれば明らかなとおり,「暴行又は脅迫」があったとしても,もし「本当に」男女が同意の上で性交渉に及んだのであれば「強姦罪」は成立しません(もちろん,「暴行罪」や「脅迫罪」は別途成立し得ます)。

この点について,ある専門書は次のように説明しています。

「本罪の性質上,13歳未満の女子に対する場合を除き,被害者の真意に基づく承諾があれば,本罪は成立しない。被害者の承諾は構成要件該当性を阻却する事由と解されるから,承諾があると誤信した場合には,故意を欠くことになる」
「承諾は,自由な意思決定による真意のものである必要がある。黙示の承諾でもよいが,その場逃れのための真意に基づかないときは,承諾する旨の言動があったとしても,ここにいう承諾ではない。反抗を著しく困難にする程度の暴行・脅迫があるときは,特別の事情がない限り,自由な意思決定による真意の承諾とは認めがたいであろう」
(以上につき,前田雅英ほか編著『条解 刑法』〔弘文堂,平成14年〕460頁)

このように,13歳以上の女子が合意をしていた場合,強姦罪は成立しません(逆に,女子が13歳未満の場合は合意があっても成立します)。


そのため,一般に強姦被告事件では,合意の有無が問題になることは少なくありません。

もちろん,「合意があった」という被告人側の主張は不合理であるととして,裁判所から排斥されることは多々あります。実際の事件数からすれば,合意が認められないことの方が多いと思われます(正確な統計に基づくものではなく推測ですが……)。

しかし,当然のことですが,合意の有無が争点になった事件で無罪判決が出された事件も存在します(後掲裁判例参照)。

そして,当たり前のことですが,これらの事件では,公益の代表者たる検察官が,被害者の説明や被告人の供述,その他の証拠関係などを踏まえた上で合意など存在しないと「確信」して起訴に至っています。それでも,無罪判決が出たのです。


これらの後掲裁判例からも分かるように――冒頭の事件と離れた一般論ではありますが――「合意」の有無の判断は,時として極めて微妙で難しいものなのです。


尚,強姦罪の成否が「女性の同意の有無」という形で問題になる場合,刑事裁判の焦点が変容してしまう問題点を指摘した文献として,平井佐和子先生(西南学院大学准教授)のご論考があります。

平井佐和子「刑事法判例研究 強姦罪における公益性――被害者糾問の論理構造(仙台地裁平成13.5.11判決)」法政研究70巻3号739頁

「もちろん,本稿は,『無罪』という本判決の結論そのものまでも否定しようとするものではない。しかし,本判決は,『無罪』という結論を導くにあたって,和姦の論理を通じて裁判の焦点が『被告人の行動』から『被害者の人物像・行動』にすり替えられていった1つの典型であるように思われる。問題は,『和姦の論理』のもとで,被害者の同意(不同意)がいかに認定され,結論として強姦の被害がどのように否定されたかである。これが,本判決の検討を通して明らかにしようとすることである。」
http://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/handle/2324/3867/KJ00004316152.pdf

http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I6816046-00?ar=4e1f



■無罪判決が出された裁判例の一部抜粋(匿名化,太字等は引用者による)

●前橋地高崎支判平成15年2月7日判時1911号167頁
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=6320

被害者の合意が認定された準強姦の事件です。

但し,裁判所は,合意の存在を直接的な無罪の理由としている訳ではなく,合意を含む多数の間接事実からすれば被告人に「犯意」が認められないとして,無罪判決を出しました。判決文が裁判所のサイトで見れますので,詳細はそちらをご参照ください。


●東京地判平成14年3月27日判時1791号152頁

裁判所の認定によれば,被告人はいわゆる風俗営業店に紹介をするスカウトマンで「いわゆる水商売の女性との接触が多かった」男性,被害者は「一般人から見ればかなり自由な性意識を持った女性」という強姦の事件です。

裁判所は次のように述べ,無罪判決を出しました。

但し,裁判所は,合意のみを無罪の理由としたのではなく,「暴行又は脅迫」がないことも理由としています。

「証拠関係に照らすと,被害者Aが本件当日夜から複数回被告人に電話をしたことは,それ自体,被害者Aが被告人に対して悪感情を抱いていたのではなく,好意を持っていたのではないかと推測させる方向に働く重要な事情と評価すべきである。のみならず,この点についての被害者Aの供述態度からは,真実を包み隠さず証言していないのではないかという疑念を払拭できず,それは被告人が強姦をしたという被害者A供述の核心部分の信用性に大きな疑問を生じさせるものといわざるを得ないのである。」
「被害状況に関する被害者A供述の根幹部分に重大な疑義があり,その信用性を肯定できず,他方で被告人と被害者Aの性交は合意によるものであったのではないかという疑いを払拭することはできず,少なくとも,被告人が被害者Aの抵抗を著しく困難にする程度に至る暴行,脅迫を用いて姦淫したことを立証するに足る証拠は存在しないというべきである。」


●仙台地判平成13年5月11日判タ1105号259頁

「本件においては,被害者Aの証言及び被告人の供述以外に強姦か和姦かに関する判断の決め手となる証拠はないから,以下,被害者Aの証言及び被告人の供述の要旨を摘示した上で,被害者A証言の信用性を被告人供述を含む関係証拠に照らして検討していくこととする。」
「本件強姦の事実に係る被害状況は,実際に被害に遭った者でなければ語り得ない迫真性のある供述を内容とするものであり,女性にとってはこの上ない屈辱的な虐待・陵辱の状況を,そのような事実がないのに虚偽として供述するということは,なるほど通常は容易に想定することができず,この点に着目すれば,その信用性は基本的に高いと評価することもできる。」
しかし,「以上(一)ないし(五)によれば,被害者A証言は,それ自体において不自然不合理な供述を含む(前記(一),(三))上,関係証拠との関係においても,虚偽の供述をしている疑いがあるなど,重大な疑義を挟む余地がある(同(二),(四),(五))のであり,これだけに依拠して本件強姦の事実を認定できるほどの信用性は備えていないと評せざるを得ない。」


●東京地判平成6年12月16日判時1562号141頁

「本件においては,被害者A証言と被告人供述以外に強姦か和姦かに対する判断の決め手となる証拠はないから,以下,被害者A証言及び被告人供述の要旨を摘示した上で,被害者A証言の信用性を被告人供述を含む関係証拠に照らして検討していくこととする。」
「以上の検討結果をまとめると,以下のとおりである。すなわち,被告人から暴行脅迫を受け,ワゴン車内で強姦されたという被害者A証言は,一見すると具体的であり,本件直後に被害者Aは傷害を負っており,同女から強姦の被害に遭ったことを打ち明けられたというB子証言等によって確実に裏付けられているようにみえる。
 しかし,検察官が被害者A証言の客観的裏付けとして主張する被害者Aの受傷状況については,本件の直後,同女の左下腿部,両側大腿部に全治約1週間程度の皮下出血があったことは認められるが,関係証拠を検討しても,これ以外に傷害があったとは認められず,右皮下出血の発生原因も不明とするほかない。
 関係証拠に照らしつつ,被害者A証言の信用性を更に検討していくと,被害者Aは自己の人物像を偽って証言していると窺われる上,『X店』での言動や飲酒量,被告人の車に同乗した理由などについても,和姦の可能性を否定する方向へ事実を曲げた証言をしていると認められる。そして,被害状況に関する被害者A証言には不自然,不合理な点が多くみられる上,告訴までの経緯にも不自然な点がある。翻って,被告人の公判供述を検討すると,明らかに信用できない部分もあるが,被害者A証言よりは信用性が高いと認められる部分も少なくないのであって,結局,本件は和姦であるという被告人の弁解を排斥することは困難というほかない。」
「結局,本件公訴事実については,和姦ではなかったかという合理的な疑いが残るということになる。」


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