「それ」がホントに原因ですか? ――安倍総理のエジプト演説を題材に

■安倍総理のエジプト演説が今回のテロの原因?

多くの社会的な出来事に妥当することですが,ある社会的な出来事の原因は通常,複数あります。むしろ,社会的な出来事が単一の原因によって発生することは珍しいです。

ところで,テレビ朝日の記事には次のような一文があります。


国会で野党が追及 “安倍総理のエジプトでの演説”
http://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000043716.html

「安倍総理大臣は、中東への人道支援を表明する演説をしていましたが、野党側は、これがテロのきっかけになったのではないかと追及しました。」


※尚,上記の「エジプトでの演説」とは,以下のスピーチを指しています。

平成27年1月17日 日エジプト経済合同委員会合における安倍内閣総理大臣政策スピーチ | 平成27年 | 首相官邸ホームページhttp://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2015/0117speech.html


では,上記の一文は正しいのでしょうか。今回は,上記のニュースや同旨の指摘の当否を考えるためのツールとして,条件関係という概念を,ごく簡単に――本当に文字どおり,ごく簡単に――ご紹介したいと思います。


■条件関係って何?

最も厳密な論理構築や事実認定が実践される分野の1つとして刑法があります。刑法は,刑罰という強烈な国家権力の発動の基礎を支える法律であるため,その解釈論や体系論には他の法律以上に厳密性が要求されるのです。


そして,刑法では,人の死亡や財産の破壊などの犯罪事実(結果)が発生したときに,何が原因であったのか(誰のどの行為に帰責すべきか)を考察するために,伝統的に,まず,条件関係という考え方を用います。

「条件関係とは,『Aがなかったならば,Bもなかったであろう。』という関係である」(裁判所職員総合研修所『刑法総論講義案』〔司法協会,第3版,平成16年〕84頁)

つまり,「『その』行為がなければ,『この』結果は発生しなかった」と言えなければ,その行為は当該結果の原因とは言えません。


冒頭のテレビ朝日の一文に即して言えば,「安倍総理のエジプト演説がなければ,今回のテロ行為は発生しなかった」と言えなければ,エジプト演説がテロ行為の原因とは言えません。

当たり前の話だと思われるかもしれませんが,現在に至るまでの日本をはじめとする諸国の中東政策や,イスラム国の経緯・内情を踏まえた上で,この条件関係に基づいた考察を目にしたことは,私はありません。


■注意すべきポイント

尚,条件関係を用いる際に注意すべきポイントはいくつかありますが(詳細は刑法の基本書や体系書をご参照ください),ここでは2つを挙げておきたいと思います。

第1に,条件関係は,帰責のための必要条件ではありますが,十分条件ではありません。

極端な例ですが,あるテロリストの母親に対して「あなたが彼 or 彼女を出産しなければ,このようなテロは発生しなかった」という発言の合理性を考えれば,このことは分かると思います。

その母親による出産がなければ当該テロは発生しなかったと,もし,認められる場合であったとしても,当該テロの責任(原因)をその母親による出産に求めることは不合理ですよね。

言い換えれば,条件関係の主たる機能は,原因を直接的に発見する点にあるのではなく,原因となり得ないものを排除する点にあります。


第2に,条件関係の有無を判断する場合には,現実に発生した結果を出発点にしなければならないということです。

例えば,2015年2月3日の15時00分にある殺人事件が発生したとします。この場合,人の死という事実(結果)が発生しています。

この事件において,犯人Xが「被害者Aは人間である。人間はいつか必ず死ぬ。だから,元々,被害者Aはいつか必ず死ぬ。『俺の行為がなければ,被害者Aの死は発生しなかった』とは言えない。条件関係はない」と弁解したとして,この弁解は正しいでしょうか? おかしいですよね。

このおかしさが発生する理由は,抽象的な事実(結果)を出発点にしているからです。条件関係の有無を判断する際には,「2015年2月3日に発生した被害者Aの死亡」という事実を出発点にしなければなりません。

この例では,「犯人Xの行為がなければ,2015年2月3日の被害者Aの死亡はなかった」と言えますから,条件関係は肯定されます。


■もう少し勉強したいなら

たくさんの文献がありますが,最近のものとしては以下の書籍がお薦めです。

原因を推論する | 有斐閣
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641149076

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