正田幸大

正田幸大(しょうだ・ゆきひろ) 1980年兵庫県神戸市生まれ。

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正田幸大(しょうだ・ゆきひろ) 1980年兵庫県神戸市生まれ。

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  • 息子君へ

    息子君へ 遅れてしまったけれど、一歳の誕生日おめでとう。 俺は君のお父さんだよ。けれど、そういう言い方をすると、もしかすると、今俺が語りかけている君は存在しない人間になってしまう可能性もあるし、よくないのかもしれない。もっと確実な言い方をしておくなら、俺は君が母さんのお腹の中で受精した頃から君が生まれて出てくる頃まで君のお母さんと不倫していた男だよ。(本文抜粋)

  • その他いろいろ

    その他いろいろ

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【連載小説】息子君へ 207 (42 心は終わっていく-3)

 そんなに早い時期に心は動かなくなってしまう。心が止まる前と後での、生きていることの手応えの違いというのはとてつもなく大きなもので、それは例えば、好きだという気持ちがあって付き合っているのと、好きだという気持ちはないけれど付き合っているのとの違いのようなものなのだろう。  好きだと思っていなくても楽しくはやれる。俺が君のお母さんと楽しくやれたみたいに、そのときそのときで充実できるし、集中できることもある。けれど、もう目の前でかわいくしてくれているのを見てかわいいと思っていると

    • 【連載小説】息子君へ 206 (42 心は終わっていく-2)

       心が死ぬというのがどういうことなのか、なんとなくはわかってきただろうか。君が今生きていて、何かをするたびに、何かを感じたり、何かを思ったりという、その生きていることの感触というのは、ずっと同じように続いていくわけではないのだ。同じように生きているつもりでも、生きて実感しているものは、どこかの時点で変質してしまうことになる。  若い頃は、ひとつの感情が、日をまたいで、週をまたいでも続いたりする。けれど、三十歳を越えてくると、そうもいかなくなる。そして、そのうちに感情はほとんど

      • 【連載小説】息子君へ 205 (42 心は終わっていく-1)

        42 心は終わっていく 自分の気持ちを確かめながら、自分の気持ちが動くスピードで生きていくことが君にはできるんだろうか。  少なくても、君は俺の身体を引き継いで生まれてきているのだし、自分の心のスピードで生きるというのがどういうことなのかというのは、身体的な感覚として理解できるのだろうし、それがどんなふうに大事なのかということについても、この手紙のようなものを読んでいて、それなりに納得してくれているのだと思う。  自分の気持ちを確かめながら生きていれば、いろんなひとといろんな

        • 【連載小説】息子君へ 204 (41 俺が結婚するためには不自然なことをする必要があった-7)

           ありえなかったのがわかっているのに、過ぎたことに対して、そんなことがあったらよかったのにとぐちゃぐちゃと妄想を書き連ねている俺に、君はどう思っているんだろうね。  けれど、なりゆきだけを生きてきたとはいえ、俺が何も感じていなかったわけではなかったというのはわかっただろう。  いろんなことを思いながら、俺がこんなひととして生きてきたことによって、俺は人生で出会ったどのひととも、そういう自分なりにしか関係を持つことができなくて、そうしたときに、俺にはずっとこのひとと一緒にいよう

        【連載小説】息子君へ 207 (42 心は終わっていく-3)

        • 【連載小説】息子君へ 206 (42 心は終わっていく-2)

        • 【連載小説】息子君へ 205 (42 心は終わっていく-1)

        • 【連載小説】息子君へ 204 (41 俺が結婚するためには不自然なことをする必要があった-7)

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          【連載小説】息子君へ 203 (41 俺が結婚するためには不自然なことをする必要があった-6)

           本当に、何かを憎んだり、何かをよくないものだと強く思ったことなんて今まで一度でもあったんだろうかと思う。どこまでさかのぼっても、自分は空っぽだったなと思う。  別れた彼女に対して、相手によっては、憎しみに近い感情が自分の中に蓄積してしまっているのは自分でも感じてきた。けれど、まともに憎めればもっと楽なんだろうなとずっと自分で思ってきたし、まともには憎めてはいなかった。  自分は大事な彼女のことを憎んだりなんてしていないということを思い込みたがっているわけではないんだよ。思い

          【連載小説】息子君へ 203 (41 俺が結婚するためには不自然なことをする必要があった-6)

          【連載小説】息子君へ 202 (41 俺が結婚するためには不自然なことをする必要があった-5)

           もしかすると、そうやって憎しみを抱え込もうとしなかったことで、付き合っていたひとたちとの関係が行き詰まっていったというのもあったのかもしれない。何かが噛み合わないときに、そこには素直に腹を立てておいた方がよかったりする場合も多いのだろう。  俺は噛み合わないところがあると、多少は粘って伝えたいことを伝えようとはするけれど、ある程度でそっとしておく感じに流して、次からはそこを迂回して関わるようにすることが多かったのだと思う。腹を立てはしないけれど、心の中では、このひとと自分で

          【連載小説】息子君へ 202 (41 俺が結婚するためには不自然なことをする必要があった-5)

          【連載小説】息子君へ 201 (41 俺が結婚するためには不自然なことをする必要があった-4)

           愛するためには、自分は充分に愛されていないという欠乏感が必要で、そうでなければ、ブリーダーが子犬を育てるような愛情しか持てないということなのかもしれない。充分に愛しているかもしれないし、いくらでもお世話をしてあげられるけれど、かといって、子犬が幸せになってくれればいいとしか思っていなくなって、いいひとにもらわれていったなら、別に自分のところからいなくなってしまうことにはさほど何を思うわけでもないような、そういう愛情で俺は恋人に向き合っていたのかもしれない。  隣人愛とはそう

          【連載小説】息子君へ 201 (41 俺が結婚するためには不自然なことをする必要があった-4)

          【連載小説】息子君へ 200 (41 俺が結婚するためには不自然なことをする必要があった-3)

           俺と付き合ったひとたちは、俺のことを特別な相手だと思ってくれていたけれど、それは他のひとたちが興味を持ってくれないところまで自分に興味を持ってくれるし、他のひとたちよりも、自分がどういうひとなのかとか、自分の感じ方や考え方を面白がってくれていたからなのだと思う。 多くのひとが、自分はみんなから軽視されていると思いながら生きているのだろう。付き合ったひとたちにしても、親から軽視され、友達から軽視され、教師から軽視され、昔の彼氏からも軽視されてきたのだ。自分はそれなりに面白い人

          【連載小説】息子君へ 200 (41 俺が結婚するためには不自然なことをする必要があった-3)

          【連載小説】息子君へ 199 (41 俺が結婚するためには不自然なことをする必要があった-2)

           もしかすると、君はおかしいと思っているのかもしれない。俺がそんなふうに、ただ動物と動物としてくっつき合っていることの心地よさだけがあればそれだけでいいと思うのなら、そういう相手と一緒になればよかったじゃないかと思うのかもしれない。頭でごちゃごちゃ考えるのがわずらわしいのなら、そういうことを持ち込めない相手のもとに毎日帰ってきて、何も思っていないまま、ただどうでもいいことを話して、なんとなく物足りなくなるたびに相手を腕の中に入れて、何を思いたいわけでもないという自分の気持ちに

          【連載小説】息子君へ 199 (41 俺が結婚するためには不自然なことをする必要があった-2)

          【連載小説】息子君へ 198 (41 俺が結婚するためには不自然なことをする必要があった-1)

          41 俺が結婚するためには不自然なことをする必要があった 勘違いさせてしまっているかもしれないけれど、俺は長いことセックスフレンドだったひととの関係を特別に素晴らしいものだったと思っているわけではないんだよ。  今のそのひとのことを思い浮かべようとして最初に浮かんでくるのは、ちゃんとセックスしてくれないときに感じていたうんざりした感覚だったりもする。もう十数年以上、そのひとに何か思うとすれば、まずはとにかくもうちょっとちゃんとセックスしようとしてほしいということだったのだ。そ

          【連載小説】息子君へ 198 (41 俺が結婚するためには不自然なことをする必要があった-1)

          【連載小説】息子君へ 197 (40 俺は嘘をつきたくなかっただけだった-7)

           自分の中で恋愛とセックスが分離していることで、自分の何かが歪んでしまったとは思っていないのだ。ただ、恋人という特別な相手として密接な関係を継続していくうちに、蓄積してくるわだかまりのようなものを感じていたし、それが恋人とのセックスを曖昧にぼやけたものにしてしまうようには思っていた。そして、そういう関係性のわだかまりの外側でセックスしているときに、セックスとはこういうものだったなと思って、恋愛によってセックスがぼやけさせられてしまうことに不愉快なものを感じてはいた。セックスと

          【連載小説】息子君へ 197 (40 俺は嘘をつきたくなかっただけだった-7)

          【連載小説】息子君へ 196 (40 俺は嘘をつきたくなかっただけだった-6)

           どうしたら恋人を人生のパートナーだと思えるようになっていけたのだろうと思う。けれど、それ以前のところとして、どうして俺はそんなにも他人は他人だと思ってきたのだろう。仲間のことも仲間だと思う以上に他人だと思っていたと思うけれど、それと同じように、恋人のことも、恋人である以上に他人だと思っていた。  いい加減に扱うのではなく、他者として相手の今の気持ちをちゃんと確かめながら接したいとは思っていたのだろう。けれど、身内だという感覚が希薄だったから、自分のことに干渉されるのにもうん

          【連載小説】息子君へ 196 (40 俺は嘘をつきたくなかっただけだった-6)

          【連載小説】息子君へ 195 (40 俺は嘘をつきたくなかっただけだった-5)

           けれど、俺がそのつど、ずっと一緒にいたくはないと思っていたのは、俺が自分の気持ちばかりを感じていたせいなのだろうか。俺はどのひとに対しても、一緒にいたくないなんて思っていなかったように思う。ただ、ずっと一緒にいたいと思っているわけではなかっただけで、むしろ、ずっと一緒にいたいと思っているわけではないということは、一緒にいたくないということなのだろうと、消去法的に自分が相手を拒否する側であることを受け入れていたというのが実際のところだったようにも思う。もしかすると、俺はずっと

          【連載小説】息子君へ 195 (40 俺は嘘をつきたくなかっただけだった-5)

          【連載小説】息子君へ 194 (40 俺は嘘をつきたくなかっただけだった-4)

           けれど、どうして俺はこんなにも嘘が嫌いになってしまったんだろうかと思う。確かに、親からは、嘘をつくなということだけを唯一怒られて育てられたような感じではあった。そのせいで、嘘さえつかなければそれでいいというような人生観になったのかもしれない。けれど、俺はいつだって全く嘘をついていなかったわけでもないし、嘘をついてもさほど後ろめたかったことがなかった。自分のルールとして嘘をつかないことを神経質に守ろうとしているような感じではなかった。  それでも、明らかに俺は気軽に嘘をつくタ

          【連載小説】息子君へ 194 (40 俺は嘘をつきたくなかっただけだった-4)

          【連載小説】息子君へ 193 (40 俺は嘘をつきたくなかっただけだった-3)

           俺が自分の実家を退屈なものに思って、さっさと家を出るつもりになったとか、自分が将来結婚するとしても、両親のような関係になるような相手とは一緒になりたくないと思っていたというのがどういうことなのかわかっただろう。  そして、俺はちゃんとそう思っていた通りにやってきたのだ。実家を出てからは、一人暮らしするはずだったのに大学の学生寮に入れと言われて、不満たらたらで学生寮に入ったりはしたけれど、学生寮もいろんなひとがいて、何か面白いことをしようとしていたり、いつでも面白いことを言お

          【連載小説】息子君へ 193 (40 俺は嘘をつきたくなかっただけだった-3)

          【連載小説】息子君へ 192 (40 俺は嘘をつきたくなかっただけだった-2)

           ずっと一緒にいることを要求されることは、そういう愛され方を受け入れることを要求されることのように俺には感じられていた。俺にとっての今この瞬間の俺ではなく、そのひとにとっての俺とか、俺とそのひとの関係をそのひとが愛している姿を見て、自分が愛されていると感じて、それを喜ぶようにならなければ、その愛を受け入れたことにならないのかと思って、そんな愛され方にこれからずっと付き合い続けたいんだろうかと、俺はうんざりしていたのだと思う。  相手の方は、関係が深まったから、このままずっと一

          【連載小説】息子君へ 192 (40 俺は嘘をつきたくなかっただけだった-2)