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死者と動物の哲学

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死者たちと動物たちについて考えることで、私たちについての何かがわかるかもしれない。
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記事一覧

死者と動物の哲学 1

私たちは何者か? 私たちは、「私たち」とか「われわれ」のように言うことのできる者たちであ…

死者と動物の哲学 2

▲ 前回 この間、「弔いとは何か?」について哲学対話をした。 哲学対話をしていると、いつ…

死者と動物の哲学 3

▲ 前回 死者を弔うことが、(1)のようなことだとしたら、弔うとは何をすることだろうか。…

死者と動物の哲学 4

▲ 前回 何かが存在しないと信じたうえで、その何かの存在を仮定して行為する。それはどうい…

死者と動物の哲学 5

▲ 前回 死者がもう存在しないと信じつつも、肉体を離れた死者の存在を仮定し、葬儀を行うふ…

死者と動物の哲学 6

▲ 前回 死者がもう存在しないと信じながら、その人に花を捧げるふりをしたり、その人が生前…

死者と動物の哲学 7

▲ 前回 さて、私たちは、死者たちのために何かをするだけでなく、動物たちのためにも何かをする。 たとえば、犬のために食事を用意する。その理由は、犬が食事をほしがっているから、というものだ。肉などを用意するのは、犬がそれを好んで食べることを私たちが知っているからだ。そこに複雑な問題はない。私たちは、犬が現に望んでいることをするだけだ。 けれども、私たちはもっと複雑なことを動物たちに対してする。たとえば、犬が若いうちに、睾丸を摘出する手術をしたりする。病気のリスクを回避する