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【読書感想】森見登美彦『シャーロック・ホームズの凱旋』-ふしぎを取り戻すための物語


いくつか森見登美彦作品を読んできたが,ここまで作品や創作についてのメタ物語ははじめて読んだ.色々インタビュー等も読んでいると,実際に作者である森見登美彦自身のスランプを,ホームズに投射しているようだ.

まず,この作品は【ヴィクトリア朝京都】というパワーワードが出てきた時点で誰しもがやられてしまう.普通にありえないのだが,なぜか不思議と想像してしまえるのは,ヴィクトリア朝と京都のイメージのデータベースのなせるわざなのか.

さて.この作品には,大きく2つの謎がある.それは物語の外と内にある.まず物語の外の謎について.

1)京都にシャーロック・ホームズがいるという謎

読者である私達は,それについて考えずにはいられなくなるわけだが,どうやら出てくる登場人物たちは,平然と生活している.最初異世界転生なども考えたのだが,そういったことではどうやらないらしいことがわかる.そうしてホームズシリーズにおなじみの固有名と,京都の固有名が絶妙なバランスで調合されて,作品は進む.(私が一番いいなと思ったのは「寺町通りB211」)

次に作品内の謎として

2)ホームズはなぜスランプに陥ったのか

ということをワトソンたちは,推理しはじめる.ここで引き起こる様々な事件はまさしく森見登美彦らしい珍道中で,非常にユーモアに富んでいて面白い.

こうした物語外と物語内の謎は,5章に明らかになる.だが,そのとき,ワトソンたち,いや私達読者も含めて,【東の東の間】という「ふしぎ」を受け入れなければいけない.

冒頭引用した文章,ありのままに「ふしぎ」を受け入れることがこの作品の一番重要なテーマである.「うさんくさい霊媒」とリッチボロウ婦人をホームズが称するが,これは実は,森見登美彦自身の作品に対しての自己言及的な批評とも取れる.森見登美彦の作品は,その「うさんくささ」が魅力の源泉なのだから.

前半で,ワトソンが,ホームズのスランプをどうにかしようとリッチボロウ婦人にすがろうとしたとき,ホームズは激昂する.霊媒のように「非科学的」なものにすがろうとするな,と.だが,それは彼が一番わかっていたからだ.その「非科学的」な「ふしぎ」こそが正解なのだと.

いろいろあって,最後はホームズたちがみんなでピクニックで幸せそうになるエピローグでこの作品は終わる.

だが,この物語の結末はハッピーエンドだったのか?というのは少々疑問が残る.あのロンドンはどうなったのだ?

いや,その謎を生み出しているのは探偵ではなく,私=読者自身であり,その「ふしぎ」について語ることこそが読書の面白さなのかもしれない.「ふしぎ」のない物語には「面白さ」はない.

すべてに説明をせず,「ふしぎ」を受け入れること.
森見登美彦のメッセージは,自身を投射したワトソンだけでなく,私達読者にも向けられている.


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