見出し画像

入門書の名著(9/20の日記)

 月曜日。敬老の日。
 イーストウッドの新作『クライ・マッチョ』は、日本では、来年1月に公開だそうである。
 予告編見ただけで、ちょっと泣きそうになってしまった。
 1月14日。とりあえず、この日までは生きることに決めたのである。『リチャード・ジュエル』公開の半年前くらいにもそう決心して、実現したので、今回もきっと大丈夫であろう。

 川島重成『「イーリアス」ギリシア英雄叙事詩の世界』(岩波セミナーブックス、1991年)。
 『イリアス』『オデュッセイア』を読む前に、勉強しておこうと買った本。
 これが、大当たりだった。

 高校の「世界史」で習った基本的な事柄も、いまやすっかり忘れてしまっている。
 そんな人間にとって、初歩から『イリアス』の成立した歴史的背景を解説してくれるこの本はありがたい。
 あと、ギリシア神話関連の神や人の名前は、似たようなのが多くて頭に入らない。へーレーとかヘレネーとか…。「ア」から始まる奴があまりにも多すぎる。この本をひと通り読んで、とりあえず重要キャラの名前は覚えられた気がするので、安心。
 これを読まずに『イリアス』に手をつけていたら、確実に「挫折」していただろう(いや、これから読んでも挫折するかもしれないけど)。

 だが、本書のすばらしさは、ガイドブックとしての良さにとどまらない。
 川島氏が『イリアス』を読んでみせることによって、その実践によって、「古典から何をどう読みとるか」を教えてくれるような一冊なのだ。
 学ぶことが多かったので、箇条書きでメモしておく。

・まず、『イリアス』と『オデュッセイア』は別の作品である。なんとなく2つでセットの続き物かと思っていたが、とりあえずそれぞれ単独の作品として読むべきである。川島氏がそう書いているわけではないが、あえて『オデュッセイア』の題名を出さず、ストイックに『イリアス』というテキストに即して語っていくので、それが伝わって来る。
 それぞれ、冒頭で明確に「主題」が提示されているので、それを中心とした一つの芸術作品として読むということなのだろう。『イリアス』なら「アキレウスの怒り」である。

・『イリアス』は「戦争の叙事詩」ではなく、より普遍的な「生と死の叙事詩」である。

・ホメロスは、歴史的現実としてのトロイア戦争時のギリシアの絶対王権的支配を、ホメロス自身が作品を作った時点でのポリス=市民共同体社会の理想を反映させて変形しており、そこには「王といえども人間である」という認識がある。

・「アキレウスの怒り」という主題によって物語の展開は統一されているが、その展開は、大ざっぱにいうと、「神の誉れ」を、戦士としての功績ではなく、敵への感嘆、共感にこそ見出すようになるという展開である。

・「このギリシアの叙事詩において、敗北に定められている敵方のトロイアとトロイアの人々が、全体としていかに人間的共感をもって描かれているかは、実に驚嘆に値します。これは当時の聴衆にとってもまた、新鮮な驚きであり、彼らの生の感覚を新しい地平に向かって大きく開放するものであったのではないでしょうか。」

・「自らの運命に逢着したとき、人にできることは、あるいはなすべきことは、機を織ることだというのです。機を織るとは、当時の女性の典型的な仕事でした。つまり日常生活をきちんと営むしかないということでしょう。そうすることで、いわば外側から与えられる運命を、自分の運命として切り開いていくしかない。そういう形で納得していくしかないのだということであります。」

・「「タウマゼイン」、感嘆するということは、未知のもの、異常なもの、不自然なものにではなくて、自然なもの、身近なもの、人間的なものの中に神的なもの、美しいもの、意味深いものを常に新たに見出す術と称してよいでしょう。実はこの感嘆とともにホメーロス的なもの、あるいは広くギリシア的なものが始ったと言えるのです。」

・「このように物語の流れを中断して、ポイオティア勢、ポーキス勢等々のギリシア軍を構成する種族名、それを指揮する者たちの名前、彼らの故郷、支配する領土、そこから派遣された船の数、さらに各々の船の乗組員の数等を具体的に列挙していくのは、まさに叙事詩の本質にいかにも相応しい営みといってよいのであります。叙事詩人は、そして聴衆は、現にそこに具体的に存在しているものを目にし、観察し、それをそのままに語りあるいは歌い、耳にするということに、限りない喜びを感じたのです。」
 この箇所は、文学の「数え上げる」機能について述べている箇所で、特に私の興味ある大岡昇平と関連しそうな内容である。

 ちょっと引用するのに疲れたので、この辺でやめておく。前の方から読み返してメモしていって、まだ半分行かないあたりである。どうせ、『イリアス』を読んだあとで、また見直す本なので、残りはそのときに確認しよう。

 病状報告。
 足は日に日に悪くなっている気がする。痛み止めも効かない。ちょっとでもマシな姿勢を見つけるのに苦労する。ベッドの足元に猫が寝ていて、あまりにも邪魔なので蹴ったら、痛いところをガブッとやられた。
 涼しくなって過ごしやすくなったのは、ありがたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?