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岡田准一主演、映画「燃えよ剣」は動乱の幕末を生きた新選組の生々しい群像劇

新型コロナウィルスの影響で、2020年5月の公開が延期された原田眞人監督、岡田准一主演の映画『燃えよ剣』をいち早く鑑賞した。素晴らしい出来栄えだった。一日も早い公開が待たれる。筆者(アラフォー世代)は中学生の頃、司馬遼太郎の「燃えよ剣」を初めて手に取って以来、30年以上にわたって新選組を愛し続けてきた。中でも鬼の副長・土方歳三については、ゆかりの地である京都や多摩、函館などに何度と足を運び、人生の師とも仰いできた。映画「燃えよ剣」は、その長年の想いに応える素晴らしい作品だった。見終わって、少年期に初めて新選組に出会い、心を躍らせた思いが鮮やかに蘇った。メガフォンをとった原田眞人監督は、前々作「関ヶ原」で人と人が殺し合う「戦国時代のリアリティ」を見事に映像化してみせたが、その手腕はますます冴え、かつてないほど生々しい新選組像をビジュアル化している。幕末の動乱をまるでドキュメンタリーでも見るように映し出した。主演の岡田准一の殺陣は惚れ惚れするほど美しい。長年の新選組ファンの思いを十分に満足させる映画だ。まずは映画の予告編(30秒)をご覧いただこう。(写真、動画はすべて「©︎2020「燃えよ剣」製作委員会」)

https://www.youtube.com/watch?v=mqDRvHwvUuw

 映画の原作は「竜馬が行く」と並ぶ司馬遼太郎のベストセラー「燃えよ剣」。主人公は新選組の副長・土方歳三。多摩の農家に生まれながら道場仲間と京へのぼり、会津藩公認の剣客集団「新選組」を結成。副長である土方歳三は、幼なじみの局長・近藤勇を支えながら京都の治安維持を仕切る鉄壁の組織を作り上げた。その後も滅びゆく幕府と行動を共にし、箱館で壮絶な最期を遂げるまでの激動の人生を辿っている。監督は「日本で一番長い日」「関ヶ原」などを手がけた原田眞人。主人公の土方歳三に岡田准一。新選組を率いる局長・近藤勇に鈴木亮平、天才剣士・沖田総司は山田涼介、荒くれ者の初代局長・芹沢鴨に伊藤英明、柴咲コウは土方の恋人役、会津藩主・松平容保に歌舞伎界のホープである尾上右近というキャスティングも興味深い。


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 この映画は何より脚本が素晴らしい。新選組の面白さは、組織の誕生から没落までが池田屋事件や明治維新、戊辰戦争と幕末〜明治の歴史にそのまま当てはまることにある。新選組が歴史上に存在したのはわずか6年だが、この間の政治や社会情勢、また新選組内部で起きた葛藤や人間模様はとても複雑で、2時間余りの映画に収めるのは至難の技と思われた。大河ドラマくらいのサイズ感がないと難しい。「壬生義士伝」は新選組映画中の名作だが、描写された期間は池田屋事件後から鳥羽伏見の戦いまでと限定的だ。しかし今回、脚本を手がけた原田監督は、この複雑な構成作業を巧みにやってのけた。あくまでも新選組を中心に据えて、2時間という時間の中に攘夷や開国、幕府と朝廷、各藩の離合集散など複雑怪奇な幕末史を端折ることなく、巧みに織り込んでいる。しかも、原作にも忠実で歴史的な齟齬がない。流れもスムーズでわかりやすい。もちろん多くの原田作品がそうであるように、原作を読んだ上で見に来て欲しいという前提は今回もあるので、事前にパラパラと原作に目を通しておくほうが良いだろう。ただ原田作品では演出上、セリフが聞き取りにくいという特徴があったが今回はなかった。岡田准一がナレーション的な役割もこなしていて大変見やすく仕上がっている。

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  幕末は戦国時代以来、人と人が生身の刀で斬り合う”殺伐”とした時代だ。その空気感をどう醸し出すかは映画作りの核心部だったと思う。映画「燃えよ剣」では、主演の岡田准一をはじめとする出演者の「殺陣」が大きな見どころだ。土方歳三演じる岡田准一は、原田監督が「超一流の武芸者が俳優のふりをしているような人」と評するほどの役者。彼の太刀さばきはアスリートの完成されたフォームのように力強く、惚れ惚れするほど美しい。「超一流」の岡田の殺陣指導は他の共演者にも及んでいるようで、池田屋事件など数々の斬り合いシーンが、かつてなく生々しいものに仕上がっている。岡田は自らがMCを務める番組(おそらくHNK –BSの「プロファイラー」?)で土方歳三を知り「いつか自分が演じるかなと思っていた唯一の人物」と今回の映画化を予感していたという。岡田自身、土方についてはずいぶんと長い間、調べ続けたらしい。岡田が土方歳三のどこに引かれたのかはわからない。彼の生き様なのか、演技者としての表現欲求を誘ったのかは不明だが、原田監督が「土方を演じるために生まれてきたような男」と評するほどの入れ込みようだった。ただ、今回描かれた岡田土方は、多くの新選組ファンが抱くようなスマートなイメージとは少し違う。映画「燃えよ剣」のサブタイトルでもある「バラガキ」(乱暴者、無鉄砲の意)を終始体現している。田舎侍が京に出てそのまま暴れているようなキャラクター。大河ドラマで山本耕史が演じた土方とは真逆と言えそうだ。岡田准一の剣さばきも十分にその辺りを意識し、荒っぽい太刀回りになっている。まさに令和版「バラガキのトシ」だ。
 新選組隊士個々の描き方もユニークだ。新選組を率いる局長の近藤勇には鈴木亮平(強力なリーダーシップの中に俗人っぽさが漂う)、天才剣士・沖田総司には山田涼介(はかなげで蜻蛉のような存在感が沖田像にハマっていた)。意外なキャスティングでは荒くれ者の芹沢鴨にスマートなイメージの伊藤英明、ウーマンラッシュアワーの村本大輔が演ずる監察方・山崎蒸はよく喋り、意外に出番が多い。藤堂平助には剣道の有段者でもある「はんにゃ」の金田哲、眼鏡を掛けて登場する山南敬助は名脇役の安井順平など。どれも意外なキャスティングだが、これが実にハマっている。そして、原田監督の描く新選組は隊士の人間関係にまとまりがなく感じられ、寄せ集めの浪士集団と言う感じがよく出ていた。私たちは三谷幸喜作の2005年大河ドラマ「新選組!」で隊士たちの固いチームワークを見た印象が残っているが、そもそも新選組の成り立ちを考えると今回のように、各個人がバラバラな組織だったのではないかと思わせた(だから結束を促すための厳しい「局中法度」を定めたのだ)。そう言う意味でも、隊士一人一人の姿が浮かび上がる実にリアルで生々しい新選組像が出来上がったと言えるだろう。


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 個性派揃いのキャスティングの中で、目を引いたのは悲劇の大名である会津藩主・松平容保を演じた尾上右近である。おそらくこれが映画デビューと思われる歌舞伎界のホープだが、動乱の中、重責である京都守護職に抜擢された若き藩主の苦悩と誠実な人柄を、品の良い演技でうまく演じていた。この映画で助演男優賞をあげるとしたら、彼かもしれないと思ったほどだ。
 そして映画はクライマックスの箱館戦争へ。鬼の副長・土方歳三終焉の地である。新政府軍の噴煙が上がる函館山の映像が現れた途端、私はもう涙が止まらなくなった。髪をオールバックに、西洋式の軍服を着て馬にまたがる岡田准一はもう土方歳三その人にしか見えなかった。壮絶な最期。土方の死には今も謎が多い。最大のミステリーは、遺体が見つかっていないと言うことだ。一説には五稜郭の中に埋められたと言う説もあるが、確認されていない。だから函館に土方歳三の墓はない。ただ最後の地と思われる場所に石碑が立つのみである。しかし、あの広い函館の地のどこかに彼は眠っている。映画を見て、もう一度函館を訪ね、彼の石碑に手を合わせたいと思った。「土方さん、あなたは本当に成仏したのですか」と。映画が公開されたら、劇場に通って何度も見たい。公開が待たれる作品だ。(了)

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土方歳三最後の地(函館市)


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