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小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.09

 1時間の練習後にやる反省会はずっと続けていた。楽器を片付けながら、練習時間と同じくらいはいつもロビーにいた。
「なんか少しだけできるようにあってきて勘違いし始めとるかもしれんけど、オレらなんかまだ全然ダメやけんね! 他のバンドを見てみんね。ぜんぜんオレらよりカッコ良いけん!」
 セイジくんからボクらへのダメ出しは相変わらずだったけど、3人とも少しずつ耐性がついてきて以前ほどは凹まなくなってきた。
 セイジくんが言うように、カッコ良くて上手いバンドはたくさんいて、うちのバンドは本当にまだまだ全然ダメだった。
 スタジオから漏れ聞こえてくる曲が好きなバンドの曲だったり、ライヴハウスで演っていて名前を聞いたことがあるバンドが来たりすると、扉の小さな窓からその練習をよく覗いていた。
 スタジオの常連バンドで特にカッコ良かったのは、北九州で人気急上昇中のハイヒールだった。メンバー4人全員がスタイリッシュで、音もルックスも他のバンドより頭ひとつ抜けていた。1回2時間、Dスタジオより倍以上広いCスタジオでほぼ毎日練習していたので、それを目当てにファンの女子高生グループがスタジオのロビーで出待ちをしたり、練習をのぞいたりしていた。

 ゲンちゃんもボクも…、そしてきっとショウイチも(もちろんロックは好きだけど…)『女の子にもてたい!』というのがバンドを始めた一番の動機だ。ロックバンドを始める男子の99パーセントはそうだと思う。
 ハイヒールでヴォーカルを担当しているミノルさんは同じ高校の2年先輩だったので面識があった。これはファンの女の子に話しかけるきっかけとして使えた。「ハイヒールのファンなん? オレら、ヴォーカルのミノルさんと同じ高校なんよ」
 ゲンちゃんがハイヒールの練習を見に来ていたグループに話しかけた。
「西北女学院? うちの母親も西北卒なんよ」
 彼女たちが着ていた制服は、母が卒業したミッション系の学校のものだったので、ボクもゲンちゃんに続いた。
「ハイヒール、でたんイイよね.誰のファンなん?」
 ゲンちゃんがテンポ良く会話を繋げていく。
 ショウイチは髪が赤くツンツンしていて見た目が怖いし、セイジくんは音楽のこと以外は基本的に寡黙なので、主にゲンちゃんとボクで女子高生に調子よく話しかけていた。

『努力は実る』(北九州の高校生は、この予備校のスローガンが知らないうちにすり込まれている)正に「継続は力なり」で、最初こそかなり警戒されて相手にされなかったが、スタジオで会うたびに挨拶したり、きっかけを無理矢理作って話しかけたりしていたら、彼女たちからも少しずつ話しかけてくれるようになった。

「見た目は怖そうな人たちやし、タバコとか吸いよるけん不良と思ったけど、話してみたら案外フツーの人たちなんやね…」
「オレらは、明るく健全なパンクバンドやもん!」
「明るいパンクとかあると?」
「オレたちが明るいパンクバンドになるやん」
「ミノルさんと同じ高校ってことは進学校だよね?」
「やけん、明るくマジメなパンクバンドって言いよるやん。バンドの練習がないときは勉強ばっかりしよるもん」
「ホント? ワタシ勉強好かん。高校になってから急に難しくなったし…」
「分からんとこあったら教えちゃろうか?」
 いくつかのグループがハイヒールを目当てでスタジオに来ていたが、そのうち西北女学院の1つ歳下の4人組は、うちのバンド練習の時間に合わせて遊びに来るようになった。学校でボクらは男子クラスで、クラブ活動でもしない限り女子と話す機会は皆無だったから、彼女たちとの会話は楽しかった。厳しいスタジオ練習にもささやかな楽しみが見つかった。

 珍しく反省会が早く終わった11月上旬、ベース教室がある日だったので一人だけ居残っていた。レッスンまでまだ時間があったので、スタジオのアコースティック・ギターを借りてルースターズの「ガール・フレンド」をロビーで練習していた。ロビーには誰もいなかった。
 そこへ西北女学院のイズミちゃんが一人でやって来て、ボクの横にちょこんと座った。イズミちゃんは目がクリっとしていて、パンキッシュな髪型が似合っていた。制服のスカートを短くしていたり、さりげなくセンスの良いアクセサリーを付けていたりしていて目立つ存在だった。ボクはスタジオに来る女子の中でスタジオ一番カワイイと思っていた。
「その曲好き…。イイ曲ですよね」
「セイジくんにコードを教えてもらったんよ」
「マコトさん、歌えると?」
「まだよく弾けんけん、下手くそやけどね。それでもイイ?」
「うん…」
 フレットを見ながらの拙い演奏で調子に乗って2番まで歌った。間奏のところで顔を上げてイズミちゃんの様子をうかがうと、ポロポロと涙を流していた。
(えっ! ⁉ ⁉ ⁉ ⁉ ????)
「イズミちゃん、どうしたと? ゴメン…オレ、何かやってしもうたかね?」
 オロオロしてイズミちゃんにたずねた。
「マコトさんじゃなくて…、ゲンさんが…」
(ゲンちゃん?)
「ゲンちゃんがどうしたん? 何かされたと?」
 イズミちゃんの目から涙が止まらない。
「ゲンさんの態度が急に冷くなっちゃったんです…」
(冷たい? 最近? ゲンちゃんいつの間にかイズミちゃんと…?)
「ゲンちゃんはああ見えて実は照れ屋やけね。そんなことないと思うよ」
(そう言えば今週の月曜、ゲンちゃんは学校をさぼっていた。イズミちゃんとデートでもしとったんかな?)
 西北女学院はミッション系の学校なので日曜日にはミサがあり登校するので、月曜日が休みだ。
「イズミちゃんのことは、明日ちゃんと学校でアイツに良く言っとくけん…」
「ごめんなさい…、泣いちゃって…。マコトさんの歌を聴いていたら、いろいろと考えちゃって…」
(ゲンちゃん、何したん…? 罪作りな男やね…)
「何? ウッチー、女の子泣かしたらダメじゃん!」
 いつからなのかスタジオのカウンターから様子を見ていたらしい鈴木先生から声をかけられた。イズミちゃんがあわてて涙をふいた。
 手招きされたので行くと耳打ちされた。
「ウッチー、これはチャンスだよ。女の子が泣いている時は、優しくしなきゃ…。今日はベース教室を休みにしてもイイよ…」

※亜無亜危異のライヴまであと32日


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