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小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.24

 セイジくんが抜けて、ゲンちゃんも新しいバンドに入ったので、ノイズは実質解散状態になってしまった。
 でもセイジくんが1回目の2年生の頃から演っていたバンド(ノイズを始める前に演っていたバンド)をボクが手伝うことになっていたので、私立大学の受験がほぼ終わった2月下旬からまたスタジオに入り始めた。
 3月20日に3年生がレインボープラザで卒業記念コンサートを企画していて、そのバンドもエントリーしたものの、ベーシストの都合が悪くなり代役を頼まれたのだ。昨年6月の学園祭で観て、「カッコいいな」「あんな風にできるとイイな…」と思っていたバンドだったから、誘われた時はうれしかった。
 ヴォーカルのユカリさんは、笑顔がとても素敵な人だった。小学生の頃まで民謡を習っていたそうで、そのせいなのかスリムな体型なのに声量があり、歌は上手いしリズム感も良かった。
 ドラマーのキリュウインさんは、3年生の中ではドラムが一番上手いと評判だった。小柄で普段は温厚でおとなしい雰囲気だけど、ドラミングはパワフルだった。
「あの人のシンバルワークはすごいんよね!」
 ゲンちゃんがよくそう言っていた。
 演奏する曲はユカリさんが選んだ。モッズの「ゴキゲRADIO」「記憶喪失」「崩れ落ちる前に」「がまんするんだ」、ARBの「教会通りのロックンロール」、ロッカーズの「キャデラック」。「崩れ落ちる前に」のショウイチが弾けなかったところは「ベースでごまかそう」ということになった。
 ベースをボクが弾くことになったので、バンド名を新しくすることになり、それもユカリさんが決めた。バンド名は「スーサイド」(suicide)。自殺、自殺する人、自殺行為、自滅…。(ユカリさんなぜこのバンド名に…?)
 初めてのスタジオは、お馴染みの一番安くて狭いDスタジオだったが、メンバーが違うと新鮮だった。ユカリさんはカッコ良いし、キリュウさんのドラミングは正確でキレが良かった。一緒に演ってみると本当に3人ともすごくて「セイジくんは、こんな人たちと演りよったのに、よくうちのバンドに入ってくれたよな…」とあらためて思った。
 3人の音を聞きながら、一生懸命にダウンピッキングで弾いた。
「マコト、ベース上手くなってきたやん」
 練習が終わって、セイジくんが初めてほめてくれた。
「マコトくん、お疲れさま! 本番までよろしくね!」
 ユカリさんが優しく声をかけてくれた。笑顔がまぶしい。
「お疲れさまでした! こちらこそよろしくお願いします。あの…、何かあったらいけないから、連絡先を教えてもらえますか?」
「んっ…? イイけど…」
 キリュウインさんの連絡先は聞き忘れてしまったけど、ユカリさんの連絡先はきっちりゲットした。
 余談になるが、ユカリさんたち1年上の女子はキレイな方が多かった。年上の女性に憧れる年頃だったこともあり、うちの学年には学校でその姿を学校で見られなくなることを悲しんでいる友だちが多かった。

 卒業記念コンサートのチケットは200円。参加費と引き換えに渡されたチケット20枚は、西北女学院の女子がすぐに全部売ってくれたので、10枚を追加してもらった。
「ノイズはもう演らんと?」
 セイジくんが抜けて別のバンドに入ることは西北女学院の女の子たちにも知れ渡っていて、チケットを渡した時に訊かれた。
「次の学祭くらいはまた演りたいけど…、でも…無理かもしれんね。ゲンちゃんも新しいバンドの練習を始めたらしいしね…」
 ゲンちゃんは新しいバンドでしごかれていた。
「練習のたんびに、バディ・ホリーの“Peggy Sue”を何回も何回も叩かせられるんよ…。たまらんちゃ!」
 先日新しいバンドの様子を訊いたときにこう言っていた。週2回、1回2時間のスタジオ練習をしているそうだ。
 ショウイチはと言えば、バンドの新しいメンバーを探すでもなく、2年8組のヤンチャな仲間とバイクでつるんでいるみたいだった。

 スーサイドは本番までに4回スタジオ練習をした。
 ライヴ当日、控室でメイクをしながら出番を待っていたら、ゲンちゃんとショウイチが遊びに来た。
「時間が余るから、アンタたちでも演ればいいやん!」
 ゲンちゃんたちを見て、ユカリさんが言ってくれた。
 1バンドの持ち時間は30分、スーサイドが演る予定の6曲だとセッティングを含めても時間に余裕があった。
 スーサイドの6曲はほぼ予定どおり15分くらいで終わり、ユカリさんとキリュウインさんが上手に捌けると、ゲンちゃんとショウイチがステージに出て来た。
「何でアイツらが出てきたん…?」
 不審者の登場に先輩たちは身構えたようだったけど、西北女学院や大正女学館のグループや、同学年の友だちは歓声をあげてくれた。
 そして演奏を始めると、女の子たちが前に押し寄せてきて踊ってくれた。
「ようあんな曲で、よく踊れるのお?」
 先輩たちは呆れていた。
 3曲連続で演って、4人でステージを降りると、女の子たちからアンコールがかかったので、すぐに戻って2曲を演った。
 それでもまだ「アンコール!」の手拍子とかけ声が聞こえていたが、戻る間もなく照明とアンプの電源を切られてしまった。
「お疲れさま! アンタたち良かったよ。女の子たちが大騒ぎですごかったね!」
 ユカリさんが声をかけてくれた。やっぱり笑顔がキラキラしていた。

 この4日前の仏滅の日に、セイジくん以外の3人…、ゲンちゃんとショウイチとボクは追試を受けていた。
 その結果、ショウイチとボクはどうにか進級できることになったが、ゲンちゃんは数学がクリアできずに留年が決まった。
 追試対策の秘密ツールをしのばせて臨んだ数学の追試だったが、運悪く2年8組には敵意を持っているミナミ先生が監督だった。試験中はずっとゲンちゃんの横から離れることはなく、せっかく徹夜で作ったツールを使えなかったそうだ。
 セイジくんとショウイチ、そしてボクの2年生が終わった。
 そのミナミ先生は異動、そして2年8組の担任は学年主任だったにもかかわらず、担任を持たなくなったことを4月初旬に知った。
 2年8組から3年9組になった 。セイジくんとショウイチは3年8組で、ゲンちゃんは2回目の2年生。


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