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小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.06

 ベース教室の初めてのレッスン日はバンドの練習がなかったので、プレベを持って一人で行った。
 10月に開講されるベース教室の生徒はボクを含めて3人だった。
 まず自己紹介と好きなベーシストを話すようにと鈴木先生が言った。
 一人は女子大生、もう一人は同学年の大人しそうな男子。
 女子大生はポール・マッカートニーのファンだと話した。
「ポールのベースラインはメロディアスだよね…。簡単そうに聞こえるかもしれないけど、いざ弾いてみると難しいよ。タイミングがずれていたり、音の粒がそろっていなかったりと、ベースの基本から外れているけど、それが結果的に良いんだから天才だよね。ベースラインも独特でおもしろいから、がんばって練習しましょう。まず弾いてみたい曲を決めようか?」
 鈴木先生が女子大生にそう話した。
 次の男子は、ビル・ワイマンが好きと言った。
「ビル・ワイマンのベースは堅実なんだよ。音数で勝負するベーシストじゃないしね…。でも地味だけどしっかりバンドを支えているよね。 “ラヴ・ユー・ライヴ”は聴いた? あのレコードのビル・ワイマンは熱くて良かったな。それとよくスタッカート気味に弾いて音を強調させたりするよね。“ミス・ユー”ははその特徴が分かりやすいよね…。シンプルな演奏は奥が深いんだよ。まずブルースの基本から練習しようかな」
 鈴木先生はフムフムとうなずきながら、今後の方針を伝えた。
「じゃあ、次はキミね」
 最後がボクの番だった。
「9月からバンドを始めました。12月にライヴを演るので、それに向けて練習をしています。好きなベーシストはシド・ヴィシャスです」
「シド・ヴィシャスね…。元気にがんばろう…」
 それだけだった。

 レッスンはストレッチから始まった。
「まず人差し指と中指でネックをはさんで、ヘッドの方からボディの方へずらして広げて、次は中指と薬指、そして薬指と小指ね…」
 プレベはネックが太いので、指の間が痛かった。
「練習する前は必ずこのストレッチとフィンガートレーニングを5回ずつはやってね」
 次はベースをアンプにつないでフィンガートレーニング。4弦から1フレットを人差し指、2フレットを中指、3フレットを薬指、4フレットを小指で押さえて鳴らし、次は3弦、2弦、1弦の4フレットまで終わると、今度は1弦の4逆に4弦の1フレットまで戻る。
 弾くのは指でもピックでも良いと言われた。
「ゆっくりでイイから、ちゃんときれいな音が出るようにね。順番に弾いてみよう」
 3人で順番に弾いた。他の2人は指で弾いていたが、ボクだけはピックで鳴らした。(もちろんダウンピッキング)
「テンポに気をつけて、音の大きさがそろうように」
 一音ずつゆっくりていねいに鳴らした。
「ゆっくりでイイからね。次は2フレットにずらして弾いて…、これを5フレットまでやるからね!」
 また3人で順番に弾いた。
「テンポと弾く強さに気をつけて…、最初はゆっくりしか弾けなくてもだんだんと速く弾けるようになるからね」

 だいたいここまでで20分が経過していた。
「最初だから疲れたでしょ? ちょっと休憩しようか。みんな彼氏と彼女はいるの?」
「いません…」「いません…」「いません…」
「好きな子くらいはいるよね?」
 鈴木先生はさらに質問を重ねてくる。
「かわいいと思う女子はおるんですけど…」
 他の2人が返答に困っている様子だったので代表して答えた。
「高校生なんだからさ、積極的にアタックしなきゃダメだよ。それでやったの?」「やるとか…、何をやるんですか? 付き合っとるわけでもないのに…」
「マジメだね。処女くんかな? ロックはね…、Sex & Drag & Rock & Roll だよ…。Go! Go! Go! だから…。マジメに頭で考えたらダメダメ。考えるんじゃなくてさ、感じるんだよ」
「オレ、マジメな高校生やもん。そもそも“考えるな、感じろ”ってブルース・リーですよね。ロックじゃないですよね?」
「“燃えよドラゴン”は知ってるんだ…。でも、マジメな高校生って言うけど、マジメな高校生はタバコとか吸わないけどね?」
 鈴木先生は、練習後にロビーで反省会をやっているボクらがタバコを吸っていても、見ていないふりをしてくれていた。
「高校生になったらタバコぐらいみんな吸いよりますよ」
「酒は呑める?」
「いつもは呑まんけど、体育祭の打ち上げとかで少し…」
「体育祭の打ち上げ? なんか青春の過ちが起こりそうなシチュエーションで楽しそうだね。じゃあ、今度どれだけ呑めるか一緒に行こう。何でも限界を知っとくのは大事だからね。高校生の打ち上げってどこに行くの?」
「親がおらん時に家でやったりですね…。ディスコでやったこともあります」
「ディスコ…イイね。チークタイムは少年たちのがんばりどころだよね…」
 音楽の話はほとんどしなかった。先生の話は面白くて盛り上がり、1時間のレッスンは残り10分くらいになっていた。
「鈴木さん、もうそろそろ時間ですけど、ちゃんと練習せんで大丈夫なんですか?」
 鈴木先生はちょっとだけマジメな顔になった。
「マジメだね…。キミが演るのはパンクだろ? ノリ、ノリだよ! ロックはノリが一番大切だから勢いがないとダメ、ダメ! 上手く弾けるだけじゃロックないよ…。それとパンクを演るなら姿勢かな…」
「シセイですか…?」
「そう、姿勢は英語で言うと“attitude”だね」
「アティチュード?」
 好きなベーシストを聞かれて、シド・ヴィシャスと答えたのは失敗だったかもしれない。分かったような、分からなかったような…。上手く丸め込まれたような気がした。
「キミたちのバンドはみんな初心者?」
「ギターの人以外は初心者で、初めてのバンドです」
「そう、処女バンドか…?」
 鈴木先生は何かが閃いたらしい。
「そうだ! ウッチーにしよう!」
「ウッチーって何ですか、それ?」
「キミのことだよ」
「鈴木さん、オレの名字がイシウチだからウッチーとかちょっと安易過ぎませんか?」
「なんとなくかな…。しいて言うならノリかな? ロッカーは通り名が必要だからさ…。理屈で考えたらダメだよ。今日からキミはウッチーだからね。さぁ、ウッチー! 最後にもう1回フィンガートレーニングをやってみよう!」
 これ以降、ボクは鈴木先生やスタジオのスタッフからウッチーと呼ばれるようになった。

「何かビートが出てくるようになったね!」
 次のバンド練習で、セイジくんがボクを見て言った。
「もうベース教室の効果が出とう!」
「さすが、鈴木さんのベース教室やね。鈴木さんってスゴイ先生なんやん!」
 ショウイチもゲンちゃんも追従した。
 ベース教室の効果は分からなかったが、プレベ効果は絶大だと思った。

※亜無亜危異のライヴまであと70日

※みんなの月謝の援助は1回だけで、お金が続かずベース教室は3か月で辞めてしまった。でも、そのおかげでスタッフの方々と親しくなれたし、スタジオにやって来る他のバンドのメンバーとも知り合いになれた。
 先生の話はいつもおもしろくて楽しかった。酒やタバコには大らかな時代だったので、課外授業でボクを含めた高校生2人の教え子に正しいお酒の付き合い方を教えてくれるために、忘年会だって開いてくれた。「ギターのヴォリュームとトーンは右いっぱいに回すように。それがロッカーだよ」という先生の教えは今でも守っている。



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