「音楽が好きな人は、文章もうまい」は本当か?
こんにちは!
先日、パット・メセニーとロン・カーターの来日公演に行ってきました。
ぼくは17歳でギターを習い始めたのをきっかけに、ブルーズとジャズを熱心に聴くようになりました。多感な時期をともに過ごした音楽(ミュージシャン)はその後の人生にも影響を与えるといわれますが、まさにパット・メセニーはその一人。
5年ぶりの来日公演だったわけですが、今回はとくに86歳(!)のロン・カーターのソロが印象的で、まるで塗り重ねれば重ねるほど澄んでいく秘密の絵の具を使っているような演奏でした。2010年の「クロスロード・ギター・フェスティバル」で、B.B.キングの『The Thrill Is Gone』を目の当たりにしたときも同じように感じたことを思い出しました。
と同時に、ふと思いました。
音楽と文章には共通項があるのだろうか、と。
音楽を熱心に聴いている人や楽器を弾ける人は、総じて文章も上手です。逆も然り。例外はあるでしょうが、音楽と文章にはなにかしらの共通点があるのではと考えました。
そこで今回は、いつものノウハウ的な記事ではなく、エッセイ的に「音楽と文章」について考えてみようと思います。
リズムの練習は、地味でつまらなかった
ギターを習い始めたとき、先生に言われた印象的な言葉があります。
そう教わってしばらくメトロノームを使いながら練習していたわけですが、当時はリズムの重要性がわかりませんでした。というより、速弾きのメロディや、ボーカルやベースとのハーモニーのほうが、目立つしかっこいいと感じていました。
リズムは地味である。だからレッスンの最初でやっていた(やらされていた)、特定のフレーズをメトロノームのスピードを変えて何度も弾く練習は、正直つまらないものでした。
でも最近になって、先生が本当に言いたかったことがわかった気がしました。
リズムが「わかる」人と「わからない」人
それは「リズムは重要である」という当たり前の事実ではなく、リズムはある程度若いときに身体に染みこませないと、歳をとってから身につけるのが難しい、ということ。
ぼくは編集者という仕事柄、ライターさんに業務を頼むことが多々あるのですが、修正依頼で一番伝えるのが難しいのは「リズム」です。
「この話を追加してください」「この見出しを章の頭にもってきてください」みたいな指示は簡単ですし、その後の手直しも微々たるものです。
でも、リズムを言葉で伝えるのは本当に難しい。
「ほら、このあたり間延びしているじゃないですか」「ここは体言止めにしたほうがリズムが出ますよね」といった話は、すぐに伝わる人がいる一方で、なかなか伝わらない人もいる。文章には「視覚としてのリズム」と「聴覚としてのリズム」がありますし、数値化もノウハウ化もほぼ不可能です。それに、かなり主観も入るものなので、説得力ある指摘をするのは容易ではありません。
ぼくの伝え方が悪いことも原因だと理解しています。ただ10年以上この仕事を続けてきて、何人ものライターさんと仕事をしてきた経験からいうと、リズムに関する「伝わる」と「伝わらない」の溝は、そう易々と埋められるものではないと実感しています。
身体で覚えるしかないことはある
これは文章に限らず、会話でのコミュニケーションも同じではないでしょうか。
「相手がこのリズムで話しているときは、黙って聞いてあげたほうがいい」「ここで相づちを打つと、相手は気持ちよく話してくれるよ」といったアドバイスはやはり汎用性も客観性もなく、「わかる人にはわかる」になりがちだと思います。
音楽や文章に限らず、あらゆるコミュニケーションにおいてリズムは欠かせない要素なのにもかかわらず、ビジネスの現場で表立って語られないのは、「身体で覚えるしかない」「歳をとってから身につけるのは難しい」という現実があるからではないか――。今回のライブを通じて、そんなことを考えました。
「音楽と文章の共通点」については他にもあれこれ思いついたのですが、長くなりそうなので、一旦ここでひとくくり。
最後に、リズムにも通ずる金言をひとつ。
みなさんは、どんな音楽が好きなんですかね。ぜひコメント欄で教えていただけるとうれしいです。
では、また次回の記事でお会いしましょう。
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