点と線

松本清張の名作の一つに「点と線」という小説があります。

ネタバレになるといけないので詳しくは書けませんが、「人間というものは物事を自分の考えに合わせて見てしまい、客観的に見ることはできない」という内容をタイトル表現したものです。

あなたが友人との待ち合わせで指定された場所に行くとき、自宅を始点とすれば指定された目的地は終点となります。その間は線に過ぎず、たくさん存在している「その他の点」は頭に入らないのです。目的地に着くまでの間に「蕎麦屋さんがあったかどうか?」「コンビニは何軒あったか?」などはおそらく曖昧になっているでしょう。ましてや、電柱の数が何本あったかなんて絶対に憶えていないですよね。

ところが、最初から電柱の数を数える目的で同じ道を歩けば、電柱の数が多くて数え間違いをしない限り、本数をしっかり憶えられるでしょう。蕎麦を食べようと思ってあれこれ探していれば「一番おいしそうな店」を選べるはずです。

もちろん、たまたま目に入ることはいくらでもあります。しかし、「あ、こんなところにセブンイレブンができた!」というふうにしっかり意識していないと、認識や記憶が曖昧になってしまうのが通常です。

ですから、「道を歩いていたらたまたま犯人の姿を見た」という程度の目撃証人は比較的簡単に反対尋問で崩すことができるのです。5W1Hを詳細に確認しながら質問すると、必ず曖昧な部分が出てきます。

刑事事件の冤罪も、捜査機関が犯行のストーリーを描き、そのストーリーに沿った証拠しか集めないことから生じてしまうケースが多いのです。「見つけたい証拠しか見つからない」「ストーリーと無関係な証拠はたとえ重要なものであっても目に入らない」という状況に陥ってしまうのですね。

私たちの日常生活にも、私たちが見ようとしないために「見えていない事実」がたくさんあるのです。

久々の新著では、そういう現実を生のストーリーとして描いています。

「長年連れ添い目の前にいる良妻とは、実は3年前に離婚が成立していた!」「朝、妻子に見送られて仕事に出て夕方帰宅したら妻子も家財道具も消えていた!」「男とホテルに入る写真を突きつけられても不倫を否定した妻」「手を握っただけでセクハラ?」「DV男のところへ自発的に戻ってしまった若い女性」「会社は突然倒産する?」「裁判官の目の前で”パチンコ命”を宣言した破産申立人」「納車日に新車をぶつけられた不幸な男性」「営業秘密持ち逃げの濡れ衣を着せて転職を妨害する経営者」「モラハラ夫は旧帝大出のエリート!」「夫を虐待するDV妻は淑女?」「新築の近所両隣4軒すべてが雨漏りする工務店」・・・等々。

一見すると極めて珍しい出来事に思えますが、実は現実には頻繁に起こっている出来事の数々なのです。私の感触だと、5人に1人くらいの確率でこのような事案に見舞われています。

あなたがご存じない理由のひとつは、事案の当事者が肉親にも相談しないことが多く、ましては他人に話すことがないからなのです。職場で隣に座っている人が同種の悩みを抱えていても、まずあなたに相談することはありません。

もうひとつの理由は、あなたが知ろうとしないからなのです。いささか下世話な話になりますが、私たちが初対面のご夫妻とお目にかかっても、普通お2人の性生活をイメージすることはありませんよね。事実として身近に存在しても、(私たちが知ろうとしない以上)存在しないかのようになってしまうのです。

平穏に暮らしていれば無意識的にスルーしてしまう出来事の数々。実は、今日・明日にでも「わが身」に降りかからないとも限らないのです。

サイコロで1の目が出るよりも高い確率で降りかかった出来事に対して、世界で一番の不幸に見舞われたと悲観して自暴自棄になることを防止するためにも、客観的な事実を事前に認識することを私としてはお勧めします。

もちろん、いつまでも平穏な人生が続くものと信じて余計な事実をスルーしてしまうのもひとつの選択肢でありましょう。平穏なまま無事に過ごせれば、それが一番ですから。

「本当にあったトンデモ法律トラブル 突然の理不尽から身を守るケース・スタディ36 」(幻冬舎新書)

http://www.amazon.co.jp/dp/4344984196

本日発売です。何卒よろしくお願い申し上げます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?