環境権を考えるに当たって

「憲法改正はまず環境権から」という政府見解があったようです。そこで今回は、急遽(きゅうきょ)環境権について考えてみたいと思います。

市場経済では、企業にとって「需要曲線と供給曲線が交わる点」まで生産を行うというのが効率的な行動となります。例えば、ある製品が価格1万円で100個までなら消費者が喜んで購入し、企業が100個作ることで利益が最大になるのであれば、100個生産するのが消費者にとっても企業にとっても最もプラス(余剰)が大きくなります。しかし、企業が製品100個を作るためにたくさんの有毒排気ガスを出すとしたら大気汚染が発生してしまいます。そのまま放っておくと、企業は製品100個まで作り続けるでしょうし、消費者としても公害対策コストが製品に上乗せさるのを嫌うので、生産量は100個のままで変わらず排気ガスが排出され続けます。

こういうケースを「市場の失敗」といい、公害のように周囲にマイナス効果をもたらすことを「負の外部性」といいます。逆に、企業が花壇を作って周囲の人たちが目を楽しませてプラス効果をもたらすものを「正の外部性」といいます。

このように、公害は、企業や個人という経済主体が合理的に活動するだけでは除去できないと考えるのが一般的です。。北京市の大気汚染も、すべての経済主体が合理的な行動をとった結果だと言えるでしょう。そこで、政府や自治体が企業の排出を規制したり、生産量に応じた課税(ピグー税)をすることが検討されるわけです。

ここで登場するのが、有名な「コースの定理」というものです。コースの定理とは「権利が明確で、取引費用がゼロであるなら、誰にどのような権利を配分しても私的交渉を通じて最適な資源配分がなされる」というものです。公権力が介入する必要はなく、企業や個人という経済主体が合理的に行動することで、公害等の外部性を含めた効率的資源配分ができるというウソみたいな話です。

具体的に考えてみましょう。A電気会社は煙を排出してBクリーニング点の洗濯物を汚してしまうとしましょう。周囲には他の店や住民はいません。クリーニング店はそれまで300万円の利益を上げていたのに、煙による汚れをおとす費用が上がったため利益が100万円になってしまいました。A電気会社が煙突に防塵装置をつければクリーニング店の利益は元の300万円に回復するのですが、防塵装置を付けて維持するためにはA社は500万円の費用がかかります。それまでの利益1000万円の半分が失われるのです。クリーニング店が換気扇にフィルターをつければ汚れが少なくなるので利益は200万円に回復します。

マトリクスで説明できないため、ややこしくて申し訳ありません。要は、クリーニング店にとって最悪なのはA社が防塵装置を付けず自店もフィルターを付けない場合で利益が100万円。最高なのは、A社が防塵装置を付けて自店もフィルターを付けて元の300万円の利益に戻すこと。それに対し、A社にとって防塵装置を付けると利益が1000万円から500万円になってしまうので防塵装置を付けると最悪、付けないのが最高となります。

こういう場合、A社の経営者トムとBクリーニング店の経営者メリーが結婚したとして、夫婦にとって一番利益になる方法を考えるのがコースの定理を理解する一番の早道です。AとBの合計利益が最大になるケース、つまりA社は防塵装置を付けずBクリーニング店がフィルターを付けるという方法が合計利益が1200万円になって最高になります。取引費用がゼロになるということは、もしかしたら結婚よりも相続の方が好例かもしれません(メリーの父トムが死亡してメリーが唯一の相続人のように)。

コースの定理の最大の難点は「取引費用ゼロ」なんて実際にはありえないことだと指摘されています。ただ、日照や通風など隣同士だけの問題で双方が冷静に話し合えるのであれば、利用できる余地があります。「両家が一つの家族だと想定すれば・・・という方法がトータルで一番プラスが大きい。差し引きは金銭で精算しましょう」という具合に。

ですから、私的で迅速な制度設計をするのであれば、①法律で権利内容を明確にしておくこと。②取引費用を最小にできる裁判や行政の手続を定めること。③取引費用が最小になるよう法律で権利配分すること。が必要となります。

例えば、廃棄物を発生するような施設を建設するにあたって「周辺住民全員の同意を求める」というような規則は、取引費用を著しく高めてしまうので採用すべきではありません(一人でも反対者が出ると残りの99人が賛成しても建設が頓挫します)。このように考えると、環境権を憲法上の権利として保障する際に強力な個人権にするのはいささか危険だと考えます。下手をすれば、日本中から工場などの生産設備がどんどん失われてしまう恐れがあるし、そうでなくとも日本中で訴訟が頻発する恐れがあるからです。


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