プロローグ にせものの夢
『しょうらいの夢は、お姫さまになることです』
そう発表した、幼稚園の卒園式。
仕事の合間を縫って来てくれたお父さんは、「おめでとう」じゃなくてこう言った。
『もうじき小学生になるんだから、もっときちんとした夢を言えるようになってもらわないと困る』
きちんとした夢ってなんだろう?
お父さんは、「夢とは目標のことで、実現できなければ意味がない」って言う。
スポーツ選手とか、歌手とか、漫画家とか……。そういう職業につきたいって言ってもいいのは、才能……光るものがある人だけなんだって。
だから私は、将来の夢についての作文にこう書いた。
『将来の夢は、父のような弁護士になることです』
お父さんは、なにも感想を言ってこなかった。
だけど、こっそり見た顔がどことなく満足そうだったから、これでいいんだって思った。
お父さんは、たったひとりの家族。
赤ちゃんのころにお母さんが亡くなってから、男手ひとつで(お手伝いさんはいたけど)私を育ててくれた。
無口でいつも怖い顔をしてて……正直苦手だけど、きちんと親孝行しなくちゃって思ってる。
だから、高校受験――はばたき学園の面接であんなことを言っちゃったのは、神様に誓ってわざとじゃない。
「では、最後の質問です。夢咲泉さん、あなたはどうして弁護士になりたいのですか?」
学園長先生にまっすぐ見つめられた瞬間、喉がカラカラに乾いて言葉が出てこなくなった。
先生が怖かったわけじゃない。むしろ、包みこんでくれるようなあたたかい雰囲気が素敵な女の人で……。
……だからかな。正直な気持ちがポロッと出ちゃった。
「夢咲さん?」
「わかりません」
「わからない?」
不思議そうに首をかしげた学園長先生の顔を見て、しまったって後悔した。わからないなんて、「はばたき学園に入りたいなら」絶対に言っちゃいけない言葉だったのに。
慌てた私は、もっと……ほんっとうにありえないことを口走っていた。
「その……小さいころにお姫様になりたいって話したら、はずかしいって……父に言われたんです。だから……父と同じ弁護士ならいいかなって……」
ああもうだめ!
言葉の途中でたぶん(ううん、絶対)真っ青になった私の顔を見て、学園長先生は意味ありげに「なるほど」って笑った。
「あなたの夢がにせものだということはよくわかりました。合格発表を楽しみにしていてくださいね」
ああ、不合格確定……。
部屋を出たわたしは、その場でしゃがみこんだのだった。
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