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simple is Bestに隠された欺瞞 〜VUCA時代のデザイン思考〜

VUCA化した今の世の中は複雑化して難解な社会課題に満ち溢れている。と言われると同時に、世界は意外にシンプルで基本的な人の営みは1万年前からさほど変わっていない。とも言われます。どちらが正しくて、間違っているかを問答したところで大した意味はありませんし、どちらも真実だと私は思っています。
ただ、"simple is Best"と何故か昔から単純で素朴、簡素なものが良しとされる風潮が世間にどっかりと根を下ろしていることと、本来深く考えなければならない事柄に対してつい、そこに逃げ込んでしまいたくなる人の心理があると思っていて、気をつけなければと戒めを持つようにしています。

アートはシンプルではない

私は元大工の経営者で設計事務所の管理建築士として建築デザインの事業も行っています。住宅のデザインで機能性と無関係の形状のデコレーションをコテコテに行っているのを見るとかなり筋が悪いと思うのと同時に、社寺建築の複雑に幾重にも組まれた社寺建築の装飾的な木組みに対しては美しいと感じます。その差異は建物の用途が違うから。といえばそれまでですが、古い日本家屋では伝統的な技術が用いられ、芸術性の高い造作が行われているのを見ると、あながち住宅だからシンプルで良いのだと割り切れるものではないと思いますし、シンプルなだけではなく、アートとしてのアーキテクチャーのエッセンスを感じられるような、もっとかっこいいデザインを追求したいとも思います。決して、シンプルがベストではないと思うのです。
大事なことは、意味を考え、意味を与えることであり、合理性を突き詰めて単に削ぎ落とすことではないはずです。そしてこれは建築の世界に限らず、ありとあらゆるジャンルに当てはまるのではないかと感じています。

面倒で儲からない事業

私が代表を務めている株式会社四方継は四年前に「建築、暮らしだけじゃない、その先に」とのスローガンを掲げて、建築×地域コミュニティー創生の事業所に社名と共にドメインを変更しました。デザインの定義を課題解決の手法だと見直し、建築だけではなく、地域社会のありとあらゆる課題を解決するコミュニティーデザインの会社に生まれ変わりました。
地域に能動的に関わりを持ち、コミュニティーを創出することで地域を活性化し、誰もが楽しく快適な暮らしが出来るためのサポートを行うと共に、そのハブになって自社も持続可能な事業所になれるように存在意義を認められるべく質的成長、発展を目指した取り組みです。
この業態変容によって、私たちが手がけるデザイン(課題解決)は一気に複雑になり、同時に成果に結びつく期間も長く掛かるようになりました。
地域で活躍する個人や事業者の認知拡大をお手伝いするコピーライトやイベントの開催、地域通貨発行の実証実験、無料学習塾の立ち上げ、職人育成の高校の運営など、シンプルに建築の事業を行っていた時に比べると複雑で煩雑な上に短期的には収益に繋がらないことばかり行っています。しかし、時間軸を少し長めに見れば必ず信用や信頼などの目に見えない価値の蓄積がなされ、地域に必要な事業所になれると考えています。

経済合理性の外に取り組むしかない

現代の日本は社会課題先進国と言われるほど、問題に満ち溢れています。この山のように積み上がった社会課題を解決するスキームを構築することができれば、世界にその知見をシェアして、新しい経済のエンジンを回すことになる可能性があります。岸田総理が就任時に「新しい資本主義」という言葉を連呼していたのは社会課題解決型モデルへのイノベーションを標榜していたのだと私は理解していました。残念ながら全くと言って良いほど政策に反映されませんでしたが、日本が今後目指すべき方向と兆しはその言葉に現れていました。
弊社が地域のコミュニティーデザイン(課題解決)へと舵を切って、近年取り組んできた事業ははっきり言って、経済合理性がないと思われるような事ばかりです。しかし、そもそも社会課題とは参入障壁が高く(面倒で)マーケットの小さい(儲からない)領域だからこそ誰も手をつけられず、取り残されて問題化してしまったものばかりです。
職人不足の問題、不登校児童の急激増加、教育格差から生まれる若者の貧困の拡大と深刻化、そしてその挙句、日本は生きるに値しない世界だと認識され、若者の死因の第一位は自殺、年間16万件もの中絶が行われる社会になってしまいました。若者が結婚もできない、子供も育てられない日本はこのままでは完全に消滅してしまいます。

気づいた者の責任と誠意

"simple is Best"単純で素朴、簡素なものが良しとされる価値観自体が悪いものでは決してありません。本質的にシンプルを突き詰めるには余分なものを削ぎ落とす作業が必要であり、決して成り行き任せで良いという考え方ではありません。しかし、一方でその本質を忘れて表面的なシンプルなら良いだろうと寄りかかり過ぎると、考える事、迷う事、試行錯誤を繰り返す努力から逃げ出してしまいます。そして、世界は確実に複雑化している事実から目を背けるべきではありません。
あらゆるものが一瞬で陳腐化してしまう、指数関数的に加速していくスピード化された世の中では、考えることをやめた時点で確実に破滅への道を突き進んでしまいます。それらの背景を鑑みても、私たちは明確な意図を持って、複雑で面倒な事柄に取り組む必要があると考えています。
職人を育成するのも、学校に適合しない子供達を社会で受け入れるのも、教育格差を無くすのも、廃れゆく地域産業に歯止めをかけるのも、どれもややこしい、面倒な事ばかりではあります。住宅のデザインも環境負荷の少ない素材や工法、性能を追いかければ設計も施工も非常に手間が掛かります。目先の収益に囚われたらどれも手をつけるべきではありません。しかし、気付いていたら見過ごすわけにはいきません。

世界は未来からの預かり物

日本は戦後、完全にアメリカナイズされて経済合理性を追求してきました。その結果、消滅が危惧されるほど、国の力は削ぎ落とされてしまいました。
それが極まって、限界が見え始めた今こそ、誰かが面倒で儲からないことに手をつけなければこの世の中はどんどん悪くなっていく一方です。単純そうなことを今一度、深く注意深く観て、本質や真理に向き合ってデザインすることが、現時点の顧客やマーケットの表面的なニーズとはずれるかもしれませんが、次の世代を担う子供達や未来に生きる人たちから求められていると思うのです。
ネイティブ・アメリカンの教えのなかに、「七世代先を考えよ」というものがあります。 七世代先とは、自分が生きている現在から五百年ほど未来のこと。それは決して、"simple is Best"と、軽いノリの思考で追いつけるものではないと思うのです。

”think deeply and carefully”

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社会課題を解決するデザインを研究して、社会実装に取り組んでいます。


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