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【特急湘南26号 Vol.01】ブラジルのスラム街で「ジャンケンぴょん!」と叫ぶ


この日もいつものように、午前8時11分の藤沢駅発の特急湘南26号に乗って、懐かしい思い出を乗せて渋谷へと向かう。僕の居場所は、3号車8番のA席。”えきねっと”というアプリを使って、乗車の10分前くらいに座席を予約している。改札口に近い場所に立つルミネの入り口で、懐かしい気持ちに浸りつつ、スマホに向かっている男がいたら、それが僕なんだ。あるいは、モンスターハンターNowを夢中でプレイしている誰かかもしれない。


じゃんけんでわかるアイデンティティ

画面をいじっていると券売機のあたりから「じゃんけん…ぽん!」という声が聞こえた。券売機のあたりには小学生らしき女の子、女子高生が数人、サラリーマンが数人いた。誰が言ったのかはわからない。これがもし「ジャンケンぴょん!」だったら、声の主は「ミニモニ。」でほぼ間違いない。マニアだったら「あの声は第2期リーダーのミカ(ミカ・タレッサ・トッド)だな」なんて思うかもしれない。

思い返せば『ミニモニ。ジャンケンぴょん』、あれは凶暴な歌だった。最初に「白上げて、あげません♪」から始まるので、旗あげゲームかと思いきや、次の歌詞が「ジャンケンぴょんのジャンケンぴょん!♪」だ。さすがに意味がわからない。その後、「白上げて、赤上げて♪」と旗揚げゲームが再開するのだが、その次の歌詞で「大阪弁じゃインジャンぴょい♪」と、唐突に豆知識が登場する。しかも本来であれば「インジャンホイ」だと思うが、この世界ではポンをぴょん、ホイをぴょいと変換するらしい。ゴキブリホイホイはゴキブリぴょいぴょいだ。続く歌詞で「ジャンケンぴょん」が連呼され、締めの言葉は「おいしい牛乳飲むのだぴょん」。まともに聴いていたら感情がバグってしまう。ちなみに、2番の歌詞は「みどりのやさいを食べるだぴょん♪」だった気がする。

幼稚園からブラジルのファベーラへ

そんなぐちゃぐちゃな日本語が続く『ミニモニ。ジャンケンぴょん』は、唐突に「明日を信じてゆくのだぴょん!♪」「自分を信じてゆくのだぴょん!♪」という歌詞が出てくる。これがさらに恐怖を増幅させる。こっちとしては最初、幼稚園児向けの曲なのかなと思ってノンキに聴いていたから。発売当時、低学年に絶大な支持を受けていた曲だったと記憶しているが、チビッコたちが「自分を信じてゆくのだぴょん!」と叫ぶ姿は想像すると異様である。信じるにしても、日本の幼稚園児にとっては経験が足りなすぎる。自分を信じてゆかねばならない幼稚園児とは、もっと厳しい世界で生きているものだ。そう考えるとこの歌詞によって、舞台が生ぬるい日本の幼稚園からブラジルのファベーラ(スラム街)へと切り替わったことが理解できる。少年少女が銃を片手に「戦争反対」と叫んでいる、そんな矛盾した情景が目に浮かぶ。

当時のミニモニ。はとても若かったけど、同じくらいの年齢のアイドルって誰だろう? NewJeansはたしか15歳から19歳くらいのメンバーだった気がする。「ミニモニ。=NewJeans」ではないが、メンバーの年齢構成は近いだろう。

ジャンケンぴょんしないNewJeans

この先、どんなことがあっても彼女らは「ぱっぱっぱっぱっぱ」とは歌わないだろう。「ぱぱぱだぴょーん」と歌うこともないだろうし、「ジャンケンぴょん!」だなんてもってのほかだ。たぶんこの先も、夢や恋愛などを歌うのだろう。

ミニモニ。がCDデビューした2001年、あの頃の日本はたしかに浮かれてた。CDが売れまくって、そんでもって何もかもが成熟していない社会だった。前年は慎吾ママがまあまあいい年齢なのに「おっは〜」って言ってた。幼体を残したまま成熟するウーパールーパーのような、日本人は皆総じてネオテニーだった。
兵役がある韓国、超学歴社会の韓国、アイドルが何年もダンスや歌のレッスンをして下積みをする韓国で、彼女たちが「ジャンケンぴょん」と歌うことなどあるのだろうか。僕が最近じゃんけんをしたのはいつだったろうか。大人になるとじゃんけんをする機会なんてないものだ。

そんなことを考えながら、結局のところ”自分を信じてゆくのだぴょん”しかないのが社会人である。いつものようにコーヒーと甘めのパンを片手に、僕は3号車8番A席に座った。


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