見出し画像

『Olivier』  〜1993年 フランス人の男〜 vol.12

だけど、僕もOlivierも仕事が見つからなかった。

中国への返還を翌年に控えていた香港は先行きが不透明で、採用を控えている会社が多かった。
よくこんな時期に仕事を探しにきたね、と人材派遣のエージェントに笑われたりもした。

Olivierはその状況に根をあげていた。
蒸し暑さに完全にもやられていた。
就職活動をせず、冷房の効いた宿で1日中寝ていることもあった。
小さな宿で、僕たちは何度も喧嘩をした。

そんなこんなで一ヶ月が過ぎた。

状況は何も変わらなかった。

僕も、毎日、エージェントを渡り歩いたり、飛び込みで就職活動をして疲れ果てていた。

日本へ帰ろう。

ある日、ヴィクトリアハーバーの美しい夜景をひとりで見ながら、ふと、思った。

それは勝ち負けでいうところの負けのような気がしたけど、負けでもいいから、帰りたい。

そう思ってしまった。

部屋へ戻ってOlivierに告げると、Olivierは「北京にいる友達を頼って中国本土に行きたい」と言った。

それならば、これで、お別れだね。

僕たちは静かに何度も頷きあった。

その時、MTVをつけていたテレビから大好きなマドンナの『You must love me』が流れてきた。


Where do we go from here?
ここからどこへゆくの?

This isn't where we intended to be
めざした場所はここではないわ

We had it all, 
すべてを手にしていたのに

you believed in me I believed in you
あなたは私を信じ  私はあなたを信じていた

Certainties disappear
確証は消えてしまったわ

What do we do for our dream to survive?
野望のために何をするの?

How do we keep all our passions alive,
どうやって情熱を燃やすの?

As we used to do?
かつての私たちのように

Deep in my heart I'm concealing
心の奥に隠している

Things that I'm longing to say
言いたくて仕方がないこと

Scared to confess what I'm feeling
思いを伝えることに怯えているの

Frightened you'll slip away
あなたが消えてしまうことが怖い

You must love me
私を愛して

You must love me
私を愛して


曲と状況が重なって、ガンガン泣けた。
Olivierが驚いた顔をしながら僕を抱きしめてくれた。

泣きながら、いろんなことがあったなー、と思った。
セックスはなかったけど、いろんなことがあって、最後は香港くんだりまでやってきて、だけど、どうにもこうにも行かなくなって、ついに別れるんだなー、としみじみ思った。

別れるのが悲しいわけじゃない。
別れは、いつかやってくる。
だけど、こういう別れ方はちょっと悲しい。
だから、悲しさを溶かしてどこかへ流すように、マドンナの力を借りて涙を流しまくった。

やがて、なにもそこまで泣くことはないんじゃないか、という気持ちが芽生え始め、僕はしめしめと涙を拭いた。

「It's first time to see you crying(君が泣いているのを初めて見たよ)」

Olivierが言った。

「and the last time too(そしてこれが最後だよ)」

僕が言った。

その2日後、僕は日本へ帰国した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?