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あずきバーで後輩を救えるか、答えはノーだ。

「あずきバーってサファイアくらい硬くて、釘も打てるらしいスよ」

後輩の武田がにやついた顔で言う。あぁ、まただ、武田おまえもか。現代社会が生み出したモンスターがまた一人。


あずきバーは井村屋が生み出した由緒正しき氷菓の人気商品である。添加物や空気の含有量が少ないなどの理由から非常に硬いことで知られており、メーカーからも注意書きがされているくらいである。ちなみに「あずきバー」は井村屋の登録商標、ゆっくりしていってほしい。

その硬さは以前から知られていたところだが、近年はwebメディアの広がりからかそうした部分をピックアップされることが年々増えている気がする。あずきバーの印象調査をしたら「おいしい」とか「冷たい」以上に「硬い」が一位をとりそうな気がする。ためしにgoogleで検索してみよう。

※サジェスト候補は人によって多少異なります

思った通りだ、「カロリー」や「アレンジ」に並んで「硬さ」がある。みんなあずきバーに何を求めているのか。特に「あずきバー 銃弾」を組み合わせている人は命を落とす前に正気に戻って欲しい。


こと日本人というものは、物体の硬度をはかるものさしとして釘を打てるか否かで判断しがちである。ぶつけて威力があるかどうかで判断するという原始的で乱暴な基準だが、なかなかわかりやすいと思う。

釘が打てるかを硬さの指標として広めたのは1977年に放送されたモービル石油のCMだと思われる。バナナで釘が打てる極寒の環境でもなめらかなオイルを宣伝する内容だが、「マイナス40℃の世界では、バナナで釘が打てます」というCM冒頭のナレーションと映像は当時の日本人に絶大なインパクトを残し、流行フレーズにもなった。流行という現象自体、人が他人に流されるということでもある。文字通り流れ行くと書いて流行なのだから、これもわかりやすい。

しかしここで気になるのは、そうした流行やインパクト重視の考えが物事の本質から逸脱してしまう危険性をはらんでいるということだ。事実web検索するとあずきバーがいかに硬いかを面白おかしく書いた記事が散見され、それこそ『あずきバーで釘を打ってみた』みたいな動画も複数存在する。このままエスカレートするともはや氷菓ではない用途での使用を試みる輩が出現しかねない。凶器として用いられてあずきバー殺人事件などと探偵漫画の題材になりかねない。事件現場床に残された謎のシミをペロッとして「こ、これは…大納言あずき!!!」とか言いかねない。

問題なのはそうした情報が二次、三次的に広まってしまうことだ。不確かな情報源をもとに間違った情報が拡散され、さらにその間違った情報からもっと不確かな情報がさもしっかりしたものであるかのように広まってしまう。疑う事を知らない、よく言えば純心だが、それは非常に危険なことでもある。何も今さらネット社会批判をしようというのではない、ただ情報を受け取る側には判断能力が求められるということなのだ。

あずきバーがおいしいという点に対して疑念は無い

後輩の武田は情報の判断能力が乏しい、というより放棄していた。全ての判断基準を他人に委ねていたため、一人で食事をする店も決められなかった。広島県で仕事をしている私に電話で「岡井さんがお店決めてくださいよぉ」と助けを求めてきたこともあるが、武田がいるところは北海道だ、いや知らんがな。後輩といっても30過ぎのオッサンなのだ、甘えられても気持ち悪いだけである。

武田はマッチングアプリでプロフィール交換した女性の評価も求めてきた。料理と旅行が趣味だというユミさんについてどう思うかを聞かれても困る、知らんがな。お友達を集めてお金持ちになる方法を紹介してくれるらしいけど本当ッスかねとか言っている、知らんがな。知らんけど多分だまされてるぞと忠告すると、ユミちゃんはそんなコじゃないと思うとか謎の意志の強さをみせてもくるから余計腹立たしい。ネットにユミちゃんのこと書いてあるかなじゃないよ、書いてるわけがない、それどころかユミちゃんは存在していない可能性すらあるぞ。

そんな武田がある日あずきバーの硬さを知ってますかと自慢げに語り掛けてきた。とにかくめちゃくちゃ硬くて、サファイアよりも硬いらしいですよ知ってますかと何故かマウントをとってくる。いや、いくら硬くても武田がすごいわけじゃないだろ。
まぁ他愛ない世間話だ、武田が情報源にしたであろうサイトのことも知っていたが、ここはひとつ驚いたフリでもしておこう。

「あ、やっぱり感心しちゃいました? そうッスよね、ユミちゃんも俺の知識ハンパないって褒めてくれるんスよ」

いや、ユミちゃんと続いてたんかい。ユミちゃんが実在していたことにも驚いたが、こんな武田と続いてるんだからもしかしたら本当にいい人なのかもしれないと思えてきた。他人の色恋についてとやかく言うのも野暮というもの、どんな結果になろうと武田の恋の結末を見守ってやろうか。

「ユミちゃんは食器洗剤とかサプリとかもいいヤツを紹介してくれるんスよ、絶対結婚したらいい奥さんになりますよね」

武田は現在進行形でゴリッゴリに騙されていた。お前はロクに自炊もしないんだから、食器洗剤なんて紹介してもらってどうするんだ。
言いにくいがこれも良い機会かもしれない。武田の好きなネット検索でその洗剤かサプリのことを調べてみろと言うと、意外な答えが返ってきた。

「もう調べてます。ただ、なんかあんまりいいこと書いてないんですよね……」

おお、そうだ、そこから疑問を持って自分の状況を見直すんだ。目を覚ませ武田。

「だから俺ががんばっていい話を広めなきゃなって、ユミちゃんもめっちゃ応援してくれるんですよ」

いつの間にかユミちゃんがネット情報より上位の存在となっていた。ユミちゃんは武田にとって神か何かか。聞くと毎月紹介された商品をそれなりの金額で買っているらしい。武田はもうカモがネギを背負ってるどころか、自ら下味を付けて鍋に浸かっている状態だろう。もういっそ自分も武田に洗剤とかを高値で売り付けてやろうか。いや、ここは先輩として導いてやらねばなるまい。私は近場のスーパーであずきバーを買い、武田と一緒に食べた。

なぁ武田、以前サファイアより硬いと言ったが、本当にそうだとしたらとても歯がたたないはずだろ。今こんなにおいしく食べられるのは井村屋さんの企業努力のおかげ、硬いというのは事実だが、その一面ばかりを面白おかしくみていると、このおいしさに気付けないかもしれないぞ。武田にとってユミちゃんは素敵な女性なのかもしれないけど、もう少しいろんな角度から見てみた方がいいんじゃないかな。あと一応言っておくけど、硬さのサファイア云々というのは条件が整えば一部そういう数値が出るかもしれないというだけであって、実際に宝石をかじって比較したわけじゃないからな。

武田ははっとした表情で顔をあげ、曇りない眼で言った。

「そうだったんですね岡井さん、俺気付きましたよ……!! 7月1日は井村屋あずきバーの日らしいです、ほら、パッケージに書いてあります!!」

……おい武田、話聞いてたか。


余談だが釘は実際に打てる(試した)


最近武田と似た性質をもつ生き物を知った。

のうみそんとは人間の言葉を学習する生き物で、与えられた言葉を疑うことなくそのまま使う性質を持っているらしい。それはよく言えば純心だが、同時に危険なことでもある。武田のような悲しいモンスターを生み出さないためにも、現代人はのうみそんのことを知るべきなのかもしれない。
2022年7月15日~19日までのうみそん展が開催されているので是非行ってみてほしい。

のうみそん一覧表|瑳織|note

よくみたらアイスみそんというのうみそんもいた、こいつは武田かもしれない。なんかバイト先のアイスのショーケースに入るとかあいつならやりかねないなと思う。


ちなみに武田とは今でも交流がある。先日は興奮気味にアメリカで漢字のタトゥーが流行ってるから、習字セットを発売すればバカ売れする、だから400万円貸してくれと言ってきた。

またあずきバーを持って武田を訪ねようと思った。

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