「ノヴォグラドのカトリック教会」──バーベリ『騎兵隊』より
2022年1月に刊行しましたイサーク・バーベリ『騎兵隊』日本語版(中村唯史さん訳)より、収録作のひとつ「ノヴォグラドのカトリック教会」を公開いたします。
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ノヴォグラドのカトリック教会
イサーク・バーベリ著/中村唯史訳
私は昨日、報告書を携え、主が逃亡した司祭館に宿泊している軍事委員に会いに行った。イエズス会付きの家政婦エリザさま[パニ・エリザ]が炊事場で出迎え、琥珀色のお茶とビスケットでもてなしてくれた。狡猾な果汁と香ばしいバチカンの憤怒を含んだビスケットは磔刑の匂いがした。
館の隣の教会では、気の触れた鐘楼守の鳴らす鐘が咆哮していた。七月の星でいっぱいの晩だった。エリザさまは白髪を注意深く揺らしながらクッキーまで出してくれ、私はイエズス会の食物を堪能した。
この年老いたポーランドの女性は、私のことを「旦那さま[パン]」と呼んだ。敷居には骨ばった耳をした灰色の老人たちが直立不動の姿勢で立っていた。蛇のような薄明のなかに、修道士の長衣の裾がひるがえり、とぐろを巻いた。神父は逃亡したが、助手は残していったのだ──ロムアルドさま[パン・ロムアルド]である。
巨人の体躯を持ち、鼻にかかった声を発する去勢者のロムアルドは、私たちを「同志」と呼んで持ち上げた。黄色い指で地図をまさぐってはポーランドの壊滅した地域を示し、かすれた激情にとらわれて自分の祖国の傷口を数え上げた。
私たちを無慈悲に裏切り、ついでのように銃殺されたロムアルドの記憶が、いつの日にか穏やかな忘却のうちに消えゆかんことを。だがその晩はまだ、彼の窮屈そうな長衣は館のすべての窓辺のカーテンのそばに揺曳していた。あらゆる通路をせっせと掃き清め、ウォッカを欲する者すべてに薄笑いを投げかけていた。
その晩、修道士の影は、私から一歩も離れず、付きまとった。ロムアルドさまは、スパイにさえならなければ、司教になっていたかもしれない。
彼とラム酒を飲むと、司祭館の廃墟の下で、見たこともない様式のいぶきがゆらめきだした。おもねるようなその誘惑にあらがう力を私は持たなかった。ああ、娼婦が持つお守りにも似たちっぽけな磔刑像、羊皮紙に刻まれた法王の詔書、そして胴着の青い絹の内で朽ち果てた繻子に書かれた女手の文!
薄紫色の法衣をまとった背信の修道士よ、私は今でもお前が目に浮かぶ。お前のふくよかな両の手、猫のように柔らかで無慈悲なお前の心、処女を酔わせるかぐわしい毒を、精液をしたたらせているお前の神の傷口がいまだに見える。
私たちはラム酒を飲みながら待っていたが、軍事委員はあいかわらず司令部から帰って来ない。ロムアルドは部屋の隅にしゃがんで寝入り、眠りながら体を揺らしていた。戸外の空の黒い情熱の下、小道が刻一刻と色を変えていくようすが窓から見えた。飢えた薔薇が闇で震え、緑の稲妻が教会の屋根で燃えている。身ぐるみはがされた死体が斜面に転がっていた。ばらばらに突き出ている両の脚に沿って、月の光が流れるように輝いていた。
これがポーランドだ、これこそポーランド=リトアニア連合王国の高慢なる悲哀なのだ! 暴力的なよそ者である私は、聖職者に取り残された寺院に、縁取りのある敷布団を広げた。それから澄明にして気高く、このうえなく光り輝く地主階級[パンストヴォ]の長ユゼフ・ピウスツキ*1 讃頌の言葉が印刷されたぶ厚い書物を、頭の下にあてがった。
おお、ポーランドよ、赤貧の汗国の侵入者が今、お前の古い街々に向けて車輪を進めているのだ。お前の上空では、すべての奴隷の団結を呼びかける歌が轟いているのだ。ポーランド=リトアニア連合王国よ、それはお前にとって災厄である。瞬く間に昇りつめたラジヴィウ公よ、サピエハ公*2 よ、それはあなた方にとって災厄である。
軍事委員の姿はなおも見当たらない。司令部や庭や教会に、私は彼を探し求めた。教会の扉が開け放たれていたので、中に入ると、割れた棺の蓋の上で燃える二つの銀のしゃれこうべに出くわした。おびえた私は、思わず駆け出し、一段低くなっている土牢に落下してしまった。
だが教会の高い円天井に無数の照り返しが映っているのが目に入った。軍事委員と憲兵隊長と蠟燭を手にしたコサックたちの姿が見えた。土牢から祭壇までは樫の木の階段が伸びていたが、私の弱々しい叫びに応えて、彼らは私を引き上げてくれた。
教会の棺台に刻まれた彫物に過ぎないとわかったしゃれこうべには、もはや脅かされなかった。私たちは皆でともに捜索を続けた。これは司祭の部屋で大量の軍服が発見されたのを受けて始められた捜索だった。
制服の袖口に刺繍された馬の顔をきらめかせ、小声で互いに耳打ちしたり、拍車を鳴らしたりしながら、私たちは溶けて流れ落ちてくる蠟燭を手に、よく反響する建物を巡った。高価な宝石をちりばめた聖母たちが鼠のような薔薇色の瞳で、その道程を追ってくる。私たちの指の中で炎がもがき、聖ペトロ、聖フランチェスコ、聖ヴィンセントの彫像、絵具で彩られたその紅色の頰や縮れたあごひげの上で方形の影がのたうっていた。
さらに巡り、探し続けた。やがて、ついに骨製の鋲が私たちの指の下で跳ね、聖像画が真っ二つに大きく開き、かび臭い洞窟へと続く地下室が現れた。この寺院は古く、神秘に満ちていた。つややかな壁の内に、秘密の通路と壁龕と、音もなく両開きになる扉とを秘めていたのだ。
おお、救世主の体に打ち込まれた釘に、教区の女性たちの胸着を掛けておいた愚かな司祭よ。私たちは王門の裏に金貨がいっぱいの行李と、紙幣の詰まった山羊革の袋と、エメラルドの指輪やパリの宝石の入った小箱を発見した。
その後で私たちは軍事委員の部屋で金を数えた。ずらりと並ぶ金貨の柱、紙幣で編まれた絨毯、蠟燭の炎にときおり吹きつける一陣の風。それからエリザさまの両目に浮かんだ鴉のような狂気、耳をつんざくロムアルドの哄笑、気の触れた鐘楼守ロバツキさま[パン・ロバツキ]が打ち鳴らす終わりなき鐘の咆哮。
『逃れなくては』。私は自分に言い聞かせた。『兵隊どもに欺かれ、目配せをしてくるこの聖母たちから逃れなくては……』
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