夢罪

『夢見ることは罪ですか?』

 一
私は空手を習っていた
兄妹で一緒に始めたのだ
そして私には兄にはない才能があった
小学校の高学年に上がるころには全国大会で優勝していた
高校2年生になったが、今でも空手で負けたことがない
私は強かった、強すぎたのだ
それがこんなにも辛いこととは思わなかった

私は高校に入り、恋をした
相手はサッカー部の部長
私はあまり器量の良い方ではなかったが、同じ強さを求める者同士気が合った
何度目かのデートの時身体を重ねた
そして、彼はその時に死んだ
私の膣圧が強すぎたのだ
自分の胸の中で死ぬ
これ以上の拷問があるだろうか
そして私は空手を辞めた

私は今殺し屋をやっている
腹上死にみせかけた殺人
警察も疑わない
そしてあまりにもばかげていて、実証しようともしない
第一どうやって実証するのか
自分の命と引き換えにブスとやることに意味などあるか
今日は雨が降っている
あの日と同じ狐の嫁入りだ
こんな天気の日は、いつもあの日のことを思い出してしまう
バケモノである私は、ケモノである狐ですらできる嫁入りさえできないのだ
悲しいが涙は出ない
あの日に流しつくしてしまった
「おい、シズク。仕事だ」
男がぶっきらぼうに言う
私は返事の代わりに拳を上げる
私はシズク、殺し屋
相手に幸せの一滴も許すことのない無情な殺人鬼
そしてまた、自らも一滴の幸せも知らない無感情な殺人鬼

 二
ワシは不老不死を望んでいた
全ての人が望むことだろう
なのに何故、ワシだけこんな目にあうのか
今となっては不老不死など求めてはいけないと説くこともできぬ

ワシは人間だったころの記憶がない
気付けばワシは不老不死で、当たり前のように自殺を繰り返していた
しかし、いくらやっても死ねない
殺し屋を雇っても死ねたことがない
それでもワシは一縷の望みをかけ、今日も死ぬのだ

「あなたがターゲット?」
若いバケモノが尋ねる
「ああそうだ」
老いたバケモノが答える
「じゃあさっそく楽しみましょう?」
「うむ」
若いバケモノは力いっぱい膣を絞めた
「そんな、どうして死なないの?」
「ワシは不老不死だからな」
女は驚き、そして感嘆した
「これがセックス。夢にまで見たセックスなのね」
「お主、セックスは初めてか?」
「私は殺し屋、腹上殺人鬼。
生まれてから一度もセックスなんてしたことはない」
「そうだったのか。初めてがこんなジジイですまない
しかし本来セックスは愛し合う者同士でするものだ
お主はそれでも良いのか?」
「ええ、その代わり少し静かにしてもらえる?
あの日できなかったことを今したいの
でも、あとは普通通りにして」
「わかった」
バケモノ同士の静かな交尾が終わる
「お主泣いているのか?」
「私、泣いているの?これが涙
ずっと待ってた涙
今でもしょっぱいのね」
「随分とわけありのようじゃの
まあジジイの胸でよければ泣くがよい」
「ありがとう」
女は泣いた
泣き終わると、女は金をもらわずに帰った
残された老人は独り言ちた
「さて、困ったものじゃのう
また生き残ってしまった」

 三
消えろ消えろ消えろ!
私は何度も願った
しかし記憶が消えることはなかった
そして私はその罰として、バケモノになった

バケモノとなった私は、記憶を消す仕事をしている
本来、人間はバケモノを避けるものだが、私の外見がほとんど人間に近いため、私はあまり避けられることがなかった
唯一、頭上に脳みそがはみ出ていたが、図鑑でしか見たことないそれを脳と判断できる人はおらず、悪趣味な帽子と受け取るようだった
人の記憶を消すのは簡単だ
人の脳を覗き、言われた記憶をパソコンでデータを消すように消せばいいだけだから
たったそれだけのことですごく喜ばれる
人生が変わったと、涙を流して感謝される
ならなぜ、私自身にそれができないのか

私は幼い頃、父と兄、弟からもレイプを受けていた
抵抗すれば殴られる
精一杯サービスしても殴られる
もはやレイプするのに、殴るのに理由なんかないのだと悟った
そして終わりのない悪夢に気づいた時、私はバケモノとなっていた
バケモノの私をもうレイプも殴りもしなかった
出て行けと言われただけだった
最後だけは優しかったのかなと今になって思うことがある
バケモノに傷をつけると、人間のそれとは比べ物にならない代償があるからだ

ある日、私はいつもどおり仕事を終えた
店を片付けていると、いきなり入ってきたバケモノに銃で撃たれた
そのバケモノは泣いていた
この人も悲しい記憶を持っているに違いない
消してあげなければと伸ばした手は、目の前のバケモノに届くことはなく、垂直落下した

 四
今日もバケモノを殺した
これで何人目だろう
俺はバケモノ専門の殺し屋だ
かつての罪に報いるため、今日もバケモノを殺す

俺も昔は人間だった
しかし金がなかった
そこで偶然出会ったバケモノを殺した
バケモノを殺した俺は警察に捕まった
大人たちが無視していたバケモノも生きているから殺してはいけないという理由だ
しかし俺はどういうわけか別の施設に移された
警察は療養所といった
療養所に入って二か月ほど過ぎたころ、体に変化が起きた
体つきはがっしりしたが、ところどころ骨が飛び出している
そのせいで満足に横になることもできない
医者はこの奇病を治すにはバケモノの血が大量に必要だといった
どうやって集めるのか尋ねた俺に、医者はバケモノを殺して集めろといった
俺はバケモノを殺したから逮捕されてここへ来たと医者に言った
しかし医者はバケモノを殺すことは悪いことではないといった
なぜならバケモノは皆、悪いやつだからで、君が逮捕されたのは形式上のことなのだと
何より君が治るためにはバケモノの血が必要なのだといった
そして俺は奇病を治すため、バケモノを殺すことにした
しかし殺していくたびに、俺は自分がしていることが正しいことかわからなくなっていった
バケモノたちも幸せに暮らしている
その幸せを奪う権利が俺にあるのか
最近バケモノを殺すと気付けば涙が出ている
全身から突き出た骨に似合う、赤い涙だ

 五
「兄ちゃんはワシを殺せるかい?」
老いたバケモノは言った
「殺せるさ」
骨のバケモノは答えた
しかし、何度殺しても老いたバケモノは死なない
「俺には無理だ」
骨のバケモノはやむなく言った
「そうか、では死んでもらおう」
そう言って老いたバケモノはナイフで老いたバケモノを刺した
間もなく、骨のバケモノは絶命した
「まったく、ワシが死ねる、死に近い状態になれる可能性を潰しおって
まあ世界は広い、記憶を消せる奴がいるなら、生き返らせられる奴がいてもおかしくない
ゆっくり旅をしながら探そう
どうせワシは死なないのだから」

いくらか年月が過ぎ、ついに死人を蘇らせられるものに会った
老いたバケモノは有頂天になった
「さっそくで悪いが、記憶を消せる奴を生き返らせてくれ」
「りょーかい」
そう言ってガイコツのバケモノは蘇生術を使った
しかし蘇ったのは普通の少女だった
「バカな。どう見ても人間だ。
こいつに記憶が消せるものか」
ガイコツは笑って答える
「そーさ、こいつに記憶は消せない
消せるのはバケモノ化したこいつだ」
すると老いたバケモノは狂ったように笑った
否、狂ったのだ
男はこれまで死ぬために何百年も費やした
やっと見つけた死ねる希望が今、目の前で潰えたのだ
不老不死でも心は死ぬ
ガイコツは狂ったそれを殺した
そしてため息交じりに独り言ちる
「噂には聞いていたが、本物のバカだったね
俺は死人を生き返らせるのであって、死んだバケモノを生き返らせるわけではない
それに俺は生き返らせる能力ではなく、生死を操る能力なのだ」
ガイコツは部屋の隅で震える少女を目の端にとらえ、そして殺した
「やれやれ、何回やっても自分で生んだ奴を殺すのは胸が痛むな」
ガイコツはケタケタと笑い、部屋の大鎌を磨きに戻った

 六
俺は生死を操る、それはそれは素晴らしい能力を持っている
俺が人間だったころ、俺の周りにいた人間はよく死んだ
家族も友人も、親しい人間は皆死んだ
動物だけが死なずにいた
しかし、動物では真に心を満たすことはできない
俺は今の能力にとても満足している
ここではだれも死ぬことはない
いつでも愛する人と一緒だ

「君は誰を生き返らせてほしい?」
「私は初恋の人を生き返らせてほしい」
マスク美人は言った
生き返った男を見て女は飛び上がった
「ありがとう、お礼に何でもする
実は私は夜のテクニシャンなの」
「そりゃいいや。何しろこの体じゃ女は寄ってこないものでね」
そしてガイコツ男は死んだ。腹上死だった
女は独り言ちる
「こいつさえ殺せれば私が一番の殺し屋になれる
彼も生き返った。私は今とても幸せだ」
女は生き返った彼のもとへ向かった
しかしいくら探しても誰もいなかった
さっきまで騒がしかったはずの場所にも誰一人いなかった
そこで初めて、女は自分のしたことの重さを知った
「私は罪のない人まで殺してしまったのね」
女は泣いた。涙が止まらなかった。
声も上げた。でも誰もいない家に寂しく響くばかりで、なおさら一人を実感するだけだった
女は依頼で悪人を殺すが、一般人は殺さないことをポリシーとし、それを誇りに思っていた
今は亡き初恋の人の死と引き換えに誓ったことを破ってしまったのだ
女は部屋にあった大鎌で自分を刺した
薄れゆく意識の中、女は男の影を見た
初恋の彼だ
「迎えに来たよ」
女はもう泣かなかった
あの日男に見せられなかった幸福の笑みを携えたまま、静かに息を引き取った

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