ナイフ

妻は暴漢に襲われ、余命一週間となった
事故のショックからか、笑わなくなった妻を男は何とかして笑わせようとする
しかし、妻が好きだったものを見せても、欲しがっていたアクセサリーを見せても、笑ってはくれない
男は最後の1日まで奮闘したが、結局妻が笑うことはなかった
「そうだ、最後に君が好きだったりんごを食べよう」
男はナイフを取り出した
すると妻を笑った
ナイフを見て笑ったのだ
男は泣いた
きっと心優しい妻は、事件の日もこうやって暴漢に笑顔を向けたのだろう
しかし暴漢は逆上し、妻を殺したに違いない
男は涙を拭い病室を出る
病院中からナイフを集めジャグリングをするためだ
下手くそなジャグリングだったが、妻は笑ってくれた
男も笑顔で答える
しかし手は血だらけだ
ふいに妻は笑うのをやめたしまった
しまった、血が見えたか
そうではなかった
妻は男にありがとうと言いたかったのだ
それを聞いて男は涙を流した
事件後初めて妻が喋ったのだ
妻も涙を流す
まもなく妻は絶命した
男はさらに泣いた
こんな傷だらけの手では、妻の涙をぬぐうことも、手を握ることもできない
最後にもう一度妻の笑顔が見たかった
男は顔を上げる
するとそこには、かつて男が何度も見た天使のような笑顔があった
男はもう声抑えることはできなかった

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