「幼児教育無償化で十分か?―就学前教育の重要性と日本の課題」を掲載していただきました(2013年3月頃の話)

幼児教育無償化で十分か?―就学前教育の重要性と日本の課題」という記事を掲載して頂きました。少し執筆後記を書いてみようと思います。

今回の記事のポイントは、①低学力に陥るリスクが高い子どもに重点的に、就学前教育の段階から介入すべき、②女性の労働参加、という観点から見た場合ボトルネックになっている可能性が高いのが0-2歳児の保育で、特にシングルマザーの中でその可能性が顕著である可能性が高く、この層に取り組んでいく必要がある、③現在の日本の就学前教育に携わる人材は、準備教育・熟練度も全然足りていないし、人数も倍以上にしてようやく他国並みであり、ここに取り組む必要がある、というものでした。

恐縮にもフローレンス代表の駒崎氏から、幼児教育無償化の財源が、待機児童解消のために用意された財源が使われる可能性があるが、それはどう考えるか?といった感じのコメントを頂きました。データが無くて断言しきれなかったのと、後述する理由で、敢えて記事の中では幼児教育無償化と上記3つのポイントの優先順位の比較は行わず、幼児教育無償化自体は評価できると書きました。ここは個人的な場所なので、少し幼児教育無償化と上記3つのポイントの優先順位に関する考察を、データに基づくものではないのですが、してみようと思います。先に結論を述べると、幼児教育無償化の優先順位は低いものの、それでも幼児教育無償化に先に取り組むのは正解だと私は思います。

まず、①のポイントと幼児教育無償化を比較してみようと思います。幼児教育無償化にせよ、高校無償化にせよ、一律に支給を実施しているように、日本の教育政策ではとても平等性が重視されています。しかし、貧困層や母子家庭出身の子どもはその多くが高校卒業と同時に教育を受けるのを辞めてしまう事が多いのに対して、旧帝大・地方国立大学に象徴されるように、富裕層出身の子どもは国立を中心とした大学・大学院に進学して高校卒業後も多額の国からの補助金を受け取る事になります。

つまり、各教育段階で平等性を重視してしまうと、教育システム全体で見た時に平等性が取れないどころか、富裕層の子弟により多くの政府からの補助金が使われる事になります。教育システム全体で平等性・さらに一歩踏み込んで公正性の確保まで狙うのであれば、大学以前、特に費用対効果が高い就学前の段階で貧困層出身の子どもに重点的に公教育投資を行う必要があります。

なので、幼児教育無償化のように就学前段階で一律の形を取ってしまうと、教育システム全体で見た時に平等性が取りづらくなってしまうので、幼児教育無償化よりも①のポイントを重視した方が良いのではないかと思います。

次に、②のポイントと幼児教育無償化を比較してみようと思います。現在3歳から5歳を対象とした幼児教育の租就学率は90%を超えています。このような状況で、3-5歳児に対する就学前教育の利用可能性が女性の労働参加の足枷となっているとはちょっと考えづらいです。このように考えると、3-5歳児の就学前教育無償化は、女性の労働参加について殆どインパクトが無いと思われます。一方で、待機児童問題と日本の女性のM字型の労働参加率を考えた場合、0-2歳児の就学前教育が利用できないがために労働参加できていない女性は、人数は分かりませんが、3-5歳児に対する就学前教育の利用可能性がボトルネックとなっている女性よりも数多くいるように思われます。なので、幼児教育無償化よりは②のポイントを重視した方が良いように思います。

最後に、③のポイントと幼児教育無償化を比較してみます。今回の幼児教育無償化にしろ、高校教育無償化にしろ、日本の教育政策では無償化が好まれる割に、「無償化」政策に対する理解が低い印象を受けます。私の本業である途上国の教育支援では、この教育の無償化(Fee Abolition Policy)はとても重要なテーマで世界銀行やユニセフ、ユネスコによって様々な分析がなされています。基本的に無償化政策は教育の質を多少犠牲にしてでも教育の量を拡大したい局面で使用する政策であって、そのような局面以外にはあまり向かない政策であることが日本ではあまり理解されていません。

先ほども述べましたが、日本の幼児教育の租就学率は90%を超えているので、教育の量を特に拡大させなければならないわけではありません。このような状況で無償化に踏み切ると、これまで家計が負担していた私教育支出の大半が、政府の負担する公教育支出に切り替わるだけ、という事態になることが予想されます。

確かに、以前SYNODOSさんに掲載して頂いた「OECD諸国との教育支出の比較から見る日本の教育課題」で、就学前段階に対する公教育支出の少なさを指摘しました。そして、幼児教育無償化はこの課題に取り組むものではあります。しかし、この記事の図4を見てもらうと分かるのですが、就学前教育に対する公教育支出も相当低いのですが、就学前教育に対する総教育支出そのものもかなり低い水準にある事が読み取れます。つまり、私教育支出の大半が公教育支出に切り替わるだけの幼児教育無償化では不充分な事が分かります。この事を考えると、幼児教育無償化に踏み切るのではなく、③のポイントに取り組むべく私教育支出を引き出すマッチングファンドの形で就学前教育に対する公教育支出を増加させる必要があるのではないかと思います。

ちなみに、幼児教育無償化の主な目的は家計の教育費負担を和らげて少子化対策をとる、となっています。しかし、少子化の主な原因は夫婦一組当たりの完結出生児数の減少以上に、未婚率の上昇が大きな部分を占めているので、未婚問題に取り組むわけではない幼児教育無償化はあまり少子化対策にならないような気がします。これらの事から総合して、私は①-③のポイントは幼児教育無償化よりも優先順位が高いと思います。

ただ、説明が難しいのですが、官僚をやっていると、どこを抑えると政策が進んでいくか?、というのがなんとなく分かるようになってきます。この事例で行くと、幼児教育無償化が①-③のポイントの橋頭保となる事はあっても、①-③のポイントが幼児教育無償化の橋頭保となる感じはしません。さらに、①-③のポイントはそれぞれバラバラの教育政策となってしまうので、どれか一つが実施された時点で他の二つ+幼児教育無償化は行われずに終わってしまう感じもします。まだ国際機関で官僚をやり出して5年目なので、上手く説明できない上に、歯切れが悪くて申し訳ないのですが、教育官僚の感覚から幼児教育無償化が先に実施されるのは正解な感じがします。なので、今回執筆した記事では幼児教育無償化自体は評価しつつ、さらに取り組むべき課題として3つのポイントを提示させてもらいました。

サルタック・シクシャは、ネパールの不利な環境にある子供達にエビデンスに基づいた良質な教育を届けるために活動していて、現在は学校閉鎖中の子供達の学びを止めないよう支援を行っています。100円のサポートで1冊の本を子供達に届ける事ができます。どうぞよろしくお願いします。