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【小説】 「繊細と想像」一部特別無料公開!

割引あり

小林川焦太執筆の「繊細と想像」の一部を無料公開させていただくことになりました。
これを機に色々な人に知って頂き、一人でも多くの方に読んでいただけると嬉しいです。

以降に小説の一部分がございます。

*Amazonのアソシエイトとして、小林川焦太は適格販売により収入を得ています。

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ジリリリリリリ。年季の入った目覚まし時計が早く起きろと言わんばかりの音量で朝七時に鳴った。

眠い目を擦りながら僕は布団の中でさっき見た夢を思い出していた。夢というより記憶と言った方が適切かもしれない。大学二年生の終わりに五人で集まったあのなんともない一日をもう一度夢で体験するとは思ってもみなかった。あれ以降徹と梨子には何度か会ったが結衣と涼太には会っていない。二人は今何しているのだろう。何かしらの職についているのだろうか。

そんな知る由もないことを考えながら、朝ごはんを作るためにベッドから起きあがった。窓にできている結露が冬の寒さを物語っている。その奥からは小学生の元気な声が響き渡っており、ふと時計を見るとすでに七時半を過ぎていた。朝ごはんもほどほどにし、身支度をして仕事場へと向かった。

「おはようございます。沖渡さん今日なんか顔色悪そうですね。大丈夫ですか?」

会社に着くと下平さんが声をかけてきた。彼女はいつも優しく微かな変化にもすぐ気づくことができる頼れる後輩である。
「うん。ちょっと遅れそうになったから焦っていたんだ。」
「そうですか。体に問題ないならよかったですけど。」

そう言って下平さんは自分のデスクへと歩いていった。

僕も自分のデスクへ着き荷物を下ろすと、先ほどの会話を振り返った。せっかく下平さんが体調を気にかけてくれたのに感謝の気持ちを伝えてなかった。「ありがとう」と言うべきだったか。気分を害してないと良いんだけどな。
「おい沖渡、昨日頼んどいたプレゼンの資料もう出来上がっているか?昼にプレゼンするから今チェックしときたいんだが。」
「はい、終わっています。」

課長の大きな声でザワザワしてしまった心を落ち着かせることなくプレゼンの資料を見せた。
「うん、悪くないな。フォントが少し見にくいからそこだけ直しといてくれ。」
「かしこまりました。」

そう言うと僕はデスクに戻り、課長の指摘通り見やすいフォントを探していた。

すると突然また会話の振り返りが始まる。なぜ課長は「良いね」より「悪くないな」と言ったんだろう。本当はいっぱい指摘したいポイントがあったのに昼までに直す時間がないから「悪くないな」と言ったんだろうか。だとしたら、次からはこうして欲しいとか言ってくれても良いんじゃないか。それに頼まれた資料を作ったのだから「ありがとう」の一言くらいあっても良いんじゃないか。なぜあの二言だけだったのだろう。

僕はたった二言の返答に色々と頭を悩ませていた。

昼のプレゼンがうまくいったのかやけに上機嫌な課長を横目に仕事が一段落した僕は昼ごはんを食べることにした。

今日は会社の近くにある老舗のカレー屋さんに行こうと思う。あそこのカレー屋さんは料理が美味しいだけでなく店の雰囲気も心地いい。ゆったりと静かでどこか居心地のいいバーにいるみたいな感覚にしてくれる。仕事でぐったりしている僕には最適の場所だ。

安らぎを得ようと早歩きで会社から出ると下平さんに会った。
「下平さん、お疲れ様。」

朝のこともあり、少し反省している僕は精一杯の笑顔で挨拶をしてみた。

ところが下平さんはこちらの顔を見てニコッと笑顔を投げかけた後すぐに会社の中へと入っていった。

普段から話好きの下平さんが一言も発さないとは変である。何かあったのだろうか。それともやはり朝の会話で「ありがとう」を言わなかったために怒らせてしまったのではないか。

色々な妄想が頭の中を駆け巡り、カレー屋さんへ行く気力を奪っていった。

疲れ切った僕は会社の隣にあるコンビニでおにぎりとお茶を買いすぐそばにある公園で食べることにした。この公園も僕を落ち着かせてくれる場所である。木が所々に植っているだけで遊具も何もなくただ一面砂で覆われている小さな公園である。しかしながら、僕にとってはその閑静さと数本の木々がとても心を穏やかにしてくれる。


そんな公園のベンチで鳥たちの囀りを聞きながら買ってきたおにぎりとお茶を飲んでいるとさっきまで悩んでいたことがどうでも良くなっていった。真冬に動かず外で座っていたため、体は凍えそうになっていたが心の中は徐々にそんな寒さも吹き飛ばせるくらい暖かくなっているのを独りベンチの上で感じていた。

おにぎりを食べ終え、スマホに写っている時計に目をやると昼休憩が終わるまで二十分ほど残っていたので、ポケットに入っているイヤフォンに手を伸ばしすっと耳に入れた。このイヤフォンはノイズキャンセリング機能がついており、外の音を遮断することができる。些細な音も気になってしまう僕には生活必需品と言っても過言ではない。


そこでふと鳥たちの囀りや風の囁きは気にならないのになぜ大きな音や雑音、人の声は気にしてしまうのだろうと疑問を抱いたが、考えていても埒が開かないと思い再生ボタンを押した。耳の中で作られるパラレルワールド。その世界の主人公は僕である。誰からも侵略されない、誰の影響も受けない僕の思い通りに作り上げることができる理想の世界なのである。今日は残りの仕事を頑張れるようにモチベーションが上がる曲をかけている。僕の耳の中ではまるで何をしても成功するようなインビンシブルな世界が描かれている。

そんなパラレルワールドに浸っていると侵略者が現れた。

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