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「紛争鉱物」ってご存知ですか?

 紛争鉱物とは、紛争地域で採掘されて武装勢力の資金源となっている鉱産資源のことだ。コンゴ民主共和国やその周辺地域は今でも紛争が絶えない地域だが、希少鉱物の産地でもある。武装勢力がこれらの鉱産資源を売却して戦闘継続の資金源としている。

 紛争鉱物は、紛争に関与する資源であることから、コンフリクトメタルとも呼ばれる。2010年、米国金融規制改革法(ドット・フランク法)が制定され、コンゴ民主共和国および周辺9か国から採掘される特定の鉱物が紛争鉱物に指定された。

 ドット・フランク法の罰則は設けられていないものの、「企業が紛争鉱物の購入で武装勢力に資金が流入していないか」、「深刻な人権侵害に手を貸していないか」を確認するもので、企業が紛争鉱物を購入するのを間接的に妨げている。

 ドット・フランク法で規定されている紛争鉱物と対象国は、以下の通りだ。
■対象鉱物:
 スズ(Tin)、タングステン(Tangsten)、タンタル(Tantalum)、金(Gold)  (※ 4鉱物の頭文字をとって3TGとよばれる)

■対象国
 コンゴ民主共和国および周辺9カ国
(アンゴラ、ウガンダ、コンゴ共和国、ザンビア、タンザニア、中央アフリカ、ブルンジ、南スーダン、ルワンダ)


 1990年代に始まったコンゴの紛争鉱物問題は複雑だった。コンゴ川とその流域に広がる広大な熱帯雨林を抱えるコンゴ民主共和国は、アフリカ大陸で2番目に国土の広い国だ。1908年にはベルギーの植民地となっていたが、1960年に独立するも、独立直後からコンゴ動乱とよばれる内乱が続いた。1996年に第一次コンゴ紛争が始まり、政権は1997年に倒れ、翌1998年に新政権に反抗する第二次コンゴ紛争が発生した。この紛争は周辺国を巻き込んで「アフリカ大戦」とよばれるまでに拡大した。この紛争自体は、2002年に和平合意が成立し、公式には「終結」した。しかし、すでにコンゴでは、度重なる紛争の間に、コンゴ東部の豊富な資源を紛争に利用する経済ができ上がってしまっていた。例えば、コンゴ東部には今も130を超える武装勢力が存在し、鉱山周辺地域を実効支配して、採掘、取引、輸送から得られる利益を資金源として紛争を継続している。それらの武装勢力を周辺国が支援していることも疑われている。さらには、東部に駐留するコンゴ国軍の部隊までもが違法な鉱物採掘・取引に関与し、住民への暴力に加担している。このように、和平合意のあとも現在にいたるまで、紛争鉱物問題は続いているのが現状だ。


 紛争鉱物が問題視されている最大の理由は、以下のような問題をもたらす紛争を助長させるからだ。

(1)武装勢力や国軍による住民への暴力
 紛争では、戦闘に住民が巻き込まれることもある。武装勢力や国軍部隊が支配地域を拡大するなどの目的で村を襲撃し、略奪や住民の殺害などの残虐な暴力を振るうのだ。コンゴ東部の三つの州では、年間3000件以上の戦闘や住民への暴力事件が起こり、5000人以上が殺害されている。なかでも組織的におこなわれているのが性暴力…。コンゴの農村では女性たちが畑を耕して野菜を育て、多くとれた野菜を市場で売って生計を支えるなど、家族の中心的な役割を担っている。その女性たちを傷つけることで家族のつながりを破壊し、さらにコミュニティーを破壊することを狙ってのことだ。
 なお、コンゴ人の産婦人科医であるデニ・ムクウェゲ医師は、2018年にノーベル平和賞を受賞するのだが、1999年にパンジ病院を設立し、紛争下で性暴力被害に遭った女性たち8万人以上を救ってきた。ムクウェゲ医師についてはまたの機会にnoteで紹介したい。

(2)住民の生計の破壊
 紛争地域では住民の重要な生計手段である農業が継続困難になる。女性たちが農作業中に畑で兵士に遭ってレイプされたり、大切に育てた作物を略奪されたりすると、農業は成り立たなくなる。家族の食料がなくなると同時に、市場で売られる野菜もなくなってしまう。生計手段を失った住民たちは、鉱山での採掘に従事したり、採掘された鉱石を川の水で洗浄したり、袋に入れて背負って運んだりといった、鉱山に関わる労働で生計を維持するようになる。こうして、農業や他の産業が衰退し、住民が鉱山労働に依存するようになることで、武装勢力はますます鉱山とその周辺地域の支配がしやすくなる、という悪循環が生まれる。

(3)危険な小規模手掘り鉱への従事 
 紛争に巻き込まれた住民は、生計を立てるために鉱山労働に従事せざるをえない状況に立たされる。住民たちがそこでするのは、危険な小規模手掘り鉱だ。コンゴ南部のコバルト鉱山や銅鉱山など、鉱山会社が運営する大規模鉱山では、重機を使って表土をはぎ取る露天掘りがおこなわれ、機械で土石から鉱石が選別される。一方、紛争によって鉱山会社が撤退したコンゴ東部の3TG(スズ、タングステン、タンタル、金)鉱山では、鉱夫がシャベルやつるはしなどの簡便な道具を用いて坑道を掘り進める「手掘り鉱」がおこなわれる。掘り出した土石から川の水などを利用して手作業で鉱石を選別し、袋に詰めて運び出し、販売所で売りに出す。手掘り鉱の場合、手袋やヘルメットなどの装備がないまま作業がおこなわれることが多く、また坑道が崩れて生き埋めになる可能性があるなど、危険がともなう。さらに、紛争によって収入を失ったり鉱山労働に依存したりする家族を助けるために、15歳未満の子どもたちが鉱山で働く児童労働もしばしばおこなわれている。


 アメリカのドット・フランク法については前述したが、紛争鉱物が世界に出回ることを防ぐための取り組みはほかにもある。
 鉱山をモニタリングして、紛争主体が関与していない「紛争フリー」の鉱山には電子タグを発行する取り組みがおこなわれている。鉱石を袋に詰めてタグをつけるので、「Bagging and Tagging」と呼ばれ、スズ、タングステン、タンタルの鉱山では国際スズ協会サプライチェーン・イニシアチブ(ITSCI)という認証機関がモニタリングとタグの発行をおこなっている。鉱石の製錬所では、紛争フリーのタグが付いた鉱石だけを扱い、「リスクがないことを認証するプログラム」の監査に準拠した製錬所を認定する取り組みがおこなわれている。電子機器企業が中心となって設立した「責任ある企業同盟」による「責任ある鉱物イニシアチブ」が製錬所の監査をおこない、「リスクがないことを認証するプログラム」の監査に準拠していると認定された製錬所はリストに登録してウェブで公開している。
 これ以外にOECD(経済開発協力機構)は、「紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」を2010年に公開、EUは2017年に紛争鉱物規則を制定し、2021年から全面実施を開始した。デュー・ディリジジェンスとは、「投資や取引をおこなう際に求められるリスク調査」のことである。本規制では、3TGをEUに輸入したり、製錬/精錬したりする企業に、デュー・ディリジェンスの実施が求められている。

 世界には、私たちが関心を持たなければ知らないままになってしまう真実がいくつもある。コンゴ民主共和国は世界で11番目に面積の広い国だが、私たち日本人はどれだけこの国のことを知っていただろうか。自分たちが日ごろ何も考えずに便利に使っているスマホやタブレット端末には、アフリカ原産の鉱物が使用され、その背後にはアフリカの民の苦しみがあるということに思いを馳せなければならないのではないだろうか。




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