見出し画像

絵本は心のへその緒 松居直さんは語る

 『ぐりとぐら』『おおきなかぶ』『だるまちゃんとてんぐちゃん』『いやいやえん』『エルマーのぼうけん』など、数々の絵本の名作を世に送り出したのは、昨年11月、96歳で亡くなられた松居直(まついただし)氏である。松居直氏は、児童書の出版社としての福音館書店の礎を作った人物で、子育てをするすべての人たちを応援する月刊誌「母の友」を創刊した後、子どもたちの自由な発想をはぐくむために「なんとしてもまったく新しい月刊の絵本をつくりたい」と考え、「一冊の本の中に一つの物語」という当時としては珍しいコンセプトの月刊絵本「こどものとも」を創刊し、戦後日本の絵本づくりに新しい風を吹き込んだ人物だ。福音館書店の社長、会長を務め、最後は相談役を務めた。

 「子どもたちに新しい絵本を」と考えた松居氏は、当時の児童書の常識に捉われずに新進気鋭の作家や異業種の画家などにも、積極的に絵本の制作を依頼した。石井桃子さん、瀬田貞二さん、松岡享子さん、加古里子さん、堀内誠一さん、長新太さん、安野光雅さん、赤羽末吉さんなど、様々な人々と関りを持つ中で、今なお愛され続けるロングセラー絵本が数多く生まれたのだ。また、海外の絵本の翻訳出版も積極的に行い、日本の子どもたちに豊かな絵本の世界を伝えたのだった。

 児童文学家としての松居直氏は、「絵本というのはバリアフリー、子どもから大人まで、言葉と絵で非常に幅がある自在な世界」と大人にこそ読んでほしいと力説するなど絵本について数々の名言を残している。

「絵本は子どもに読ませる本ではない。大人が子どもに読んでやる本である。耳で音を聞いて、目で挿絵を読んで、読んでもらう時に不思議な働き、大きな世界をつくっていく。自分で読んでいては絵本は分からない。」

 0歳児の絵本の利用を促進したいという思いから次のようにも述べている。「赤ちゃんに絵本がわかるのか」という問いに対しての答えだ。

「文字が読めない幼児が独りで絵本を開いて楽しむのは、絵を読んでいるからです。それは心の問題なんです。子どもは耳から言葉が入ってくるのと同時に、言葉の意味ではなくて気持ちが通じるのです。だから、大人が子どもにどういう気持ちで語っているのか、『本当に語りたい』という気持ちを大人がどれほど持っているのかが、最終的に問われることになります。」

 松居氏は2018年に『絵本は心のへその緒』という本を刊行した。同書の中で「絵本は子供に読ませる本ではなく、大人が子供に読んであげる本だ」と訴えている。絵本の最も大切な役割は『共に居ること』だとのお考えからだ。「作者の名前は覚えていなくても、誰に呼んでもらったかは覚えている。読んだ時の喜びや楽しみが大きいほど、子どもの中に生涯残り続ける。」と語られた。「人間の口から出る声をじかに聞く体験がどんどん貧しくなっている」と現代の子育てのあり方に警鐘をならす。「気持ちが通じるためには、日常生活をどう子どもと過ごしているかを考える必要がある。子どもとの会話を通して、お父さんやお母さんが子どもの気持ちをどのくらいキャッチできているか。子どもの話が本当に聴けているかが、いま問われているのだと・・・。

私は ファンタジーを抜きにして子どもの文学も、また子どもの読書も語りえないとおもう。ファンタジーの世界こそ、自分が自分であることを確かめることのできる世界である。  

現代のように個人が何ものかにすぐ埋没してしまい、しかも埋没してしまっている自分に気づかないで、あるいは気づいていて、むやみとアリジゴクのように他の人々をもひきずり込もうと動きまわる中で、ファンタジーの世界は貴重な体験をさせてくれる。この世界は、手をつないでははいれないが、この世界を体験した人々は、精神の深い共感をたがいに持つことがある。

本は 楽しいもの。これだけが 子どもを 本の世界へ導く力なのだ。読書がおもしろければ、子どもはおとなにたのまれなくてもすすめられなくても、指導されなくても本を読む。ところが氾濫している子どもの本の中には、ほんとうにおもしろい本が少ない。そして おとなは、何がおもしろい子どもの本なのかを知らない。                       

松居直『絵本とは何か』より


私の記事を読んでくださり、心から感謝申し上げます。とても励みになります。いただいたサポートは私の創作活動の一助として大切に使わせていただくつもりです。 これからも応援よろしくお願いいたします。