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あめゆじゅとてちてけんじゃ:妹に救われた宮沢賢治

 「永訣の朝」は、宮沢賢治の最愛の妹であるトシの死をうたっている。『春と修羅』の中には他にも「永訣の朝」が記された日であり、トシが病により亡くなった日である1922(大正11)年11月27日の日付で、「松の針」「無声慟哭」という詩が収められている。これらも、宮沢賢治のトシの死に対する思いがつづられている。

詩「永訣の朝」の全文(原文)

けふのうちにとほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
   「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
うすあかくいつそう陰惨いんざんな雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
   「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
青い蓴菜じゆんさいのもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀たうわん
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
蒼鉛さうえんいろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
   「あめゆじゅとてちてけんじや」
はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽 気圏などと
よばれたせかいのそらからおちた
雪のさいごのひとわんを……
……ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二相系をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらつていかう
わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
   「Ora Orade Shitori egumo」
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびやうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
 「うまれでくるたて
   こんどはこたにわりやのごとばかりで
    くるしまなあよにうまれてくる」
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが兜率とそつの天のじきに変って
やがてはおまへとみんなとに
聖い資糧をもたらすことを
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

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