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ムクウェゲ 「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師

   2018年、コンゴ民主共和国の婦人科医デニ・ムクウェゲ氏がノーベル平和賞を受賞した。ムクウェゲ医師は1999年にコンゴ東部のブカブにパンジ病院を設立して以降、暗殺未遂に遭いながらも、医療、心理ともに4万人以上のレイプ・サバイバー(性暴力被害者)を治療してきた。ノーベル賞委員会は受賞理由を「戦争や武力紛争の武器としての性暴力」撲滅への貢献を挙げている。

 紛争によって20年間で600万人もの命が失われてきたコンゴ民主共和国。残念ながら、日本人のコンゴ問題に対する関心は低い。恥ずかしながら、私自身もコンゴ民主共和国についての知識はほとんど有していない。だが、日本で暮らす我々一般市民も、実はコンゴ問題と身近なところで関わっていることを知らねばならない。

 コンゴは世界有数の資源産出国であり、コバルト、ダイヤモンド、銅、金、レアメタルなどの鉱物が産出される。そして、この鉱物資源のために、コンゴでは争いが絶えない。その結果として、産出地域の住民に性暴力という人権侵害をもたらされているのである。こうした地域で産出された資源は巡り巡って、我々日本人の生活に便利さをもたらしている。特に紛争資金源として利用されている4鉱物(スズ、タングステン、タンタル、金)は、世界各地で産出される鉱物と混ざって、携帯電話やパソコンなどの電子機器から自動車や航空機に至るまで、あらゆる工業製品に使用されている。

 2016年、東京大学で講演した際、ムクウェゲ医師はこのように呼びかけた。
  「私たちは、消費者として、私たちが買う商品のなかにどのようなもの   
 が使われ、どのようなところからきているのかを確認する責務がありま 
 す。それが、女性の破壊、人権侵害を経て作られたものでないかどうか
 を、販売する人に尋ねて確認して買うことが必要です。」

 ムクウェゲ医師がノーベル平和賞を受賞した意義はどこにあるのか。それを解説する前に、まずは紛争下の性暴力が「戦争の武器」である実態を知る必要がある。ムクウェゲ医師の受賞発表後、さまざまな報道が相次いでいるが、どのような目的で武器として性暴力が悪用されているかについて十分に認識されていないようである。


Photo: Patrick van Katwijk / Getty Imagesyより

 紛争下の性暴力に相当な影響力と破壊力があるため、ムクウェゲ医師は性暴力ならぬ「性的テロリズム」と呼んでいる。性的テロリズムは、世界各地で広く使用されている自動小銃のような武器と違って購入とメンテナンスを必要としないため、費用がかからず、体一つで多くの人々を精神的にも身体的にも痛い目に遭わせられる。しかも、被害を受けた身体の部分が女性としては他人に見せにくい部分であるため、性的テロリズムはその証拠を残すことも安易に他人に見せることもできず、不可視化されている。
 加えて、コンゴのような紛争国では司法制度はほぼ機能していない。結果として、加害者は不処罰でいることが多く、まさに最も効果的で安上がりな武器である。その性的テロリズムが「意図的な紛争手段」として経済的に利用されているのは、コンゴ東部が豊富な鉱物資源を有していることと関係している。
 コンゴ東部の資源産出地域および流通経路は、コンゴ国内や近隣国のルワンダとウガンダの武装勢力が支配している。武装勢力が鉱山の周辺地域で性暴力をふるうことによって、性暴力のサバイバーとその家族だけでなく、コミュニティ全体に恐怖心を植え付けられる。なぜ恐怖心を植え付けることが重要なのか。それは、加害者、つまり武装勢力にとって住民を支配するのに非常に都合がよいからだ。
 
   まず、集団レイプが家族の前で犯されることが多いうえに、性暴力が不名誉なこととしてサバイバーやその家族を苦しめ、恥や無価値であるといった精神的なダメージをもたらす。村の生計を支える農作業や商業においては女性の働きが重要であるが、直腸まで達するような傷を受けると女性は働けなくなるため、農業や商業が破綻してしまう。
 
 そして、性的テロリズムの残虐さを見せつけられたコミュニティの住民は、恐怖のあまり他の地域や国外に移動を強いられたり、政府や武装勢力に立ち向かう気力を失ったりして従順になる。このような従順な奴隷労働者は鉱山で必要としている。何しろ、鉱山の労働環境は非常に苛酷であるからだ。こうした資源利用によるコンゴ東部の性的テロリズムと紛争の長期化は、グローバル経済を通じて、日本にいる私たちの暮らしともつながっている。     

 ムクウェゲ医師がノーベル平和賞を受賞した意義は3点ある。

 第一に、医師がコンゴの性的テロリズムのサバイバーを治療した最初の婦人科医であり、コンゴ東部における鉱物の略奪を目的に国軍や反政府勢力が性暴力を犯し続けた事実について、国連本部をはじめ世界各地で声高に非難し、女性の人権尊重を訴えてきた最初の人物であることだ。
 ムクウェゲ医師が手術するケースも、性器破壊が原因で生じているものが多く、「集団レイプによって生じる体内の傷を治療する世界一流の専門家」とも呼ばれている。

 第二に、ムクウェゲ医師が、コンゴの問題だけでなく、世界における紛争下の性暴力や女性の人権の尊重について訴えてきたことだ。このようなアドボカシー活動をしている女性は世界各地にいるが、男性は大変珍しい。ムクウェゲ医師は時間の25%をアドボカシー活動に費やし、特に紛争下の性暴力を止めるために世界各地を回っている。

 第三に、ムクウェゲ医師が暗殺未遂に遭い、コンゴで親友や人権活動家などが暗殺されながらも闘ってきたことだ。

 コンゴと日本の関係をさかのぼっても、広島に投下された原爆には、コンゴ産のウラニウムが含まれていた。そして、現在の日本も、グローバル経済を通じてコンゴと関係性がある。にもかかわらず、これらの事実は私たち日本人には認識されていない。ムクウェゲ医師への関心の高まりとともに、性的テロリズムの実態だけでなく、自戒の意味を込めて、コンゴ民主共和国に関心を持つ日本人が増えることを期待したい。

 なお、ムクウェゲ医師の活躍は以下の映画で知ることができるので、参考までに!


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