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子どもの声を聴かない、聴きたくない国に明るい未来があるのだろうか?

 この国では子どもの出生数(2022年)は77万747人…過去最少となった。子どもの数が減っている問題は、地方でより深刻化している。少子化対策に詳しい専門家は、「地方では今後、育児ができなくなる恐れがある」と警鐘を鳴らす。

 これまでは都市部での待機児童問題が大きく取り上げられてきた。だが、生まれる子どもが減る地域では保育所の定員割れが起こり、施設が閉鎖に追い込まれるケースが出始めている。「育児サービスが近場でなくなれば、子育て世代が引っ越して、いなくなる」との指摘がある。

 保育所がなくなれば、小学校の統廃合につながり、中学校にも波及していく。現役世代の流出は自治体の税収にも影響を与える。働く世代が確保ができなければ、企業も進出できなくなる。負の循環が深刻化すれば、北海道夕張市が15年以上前経験した財政破綻に追い込まれる事態にもなりかねない。

 鳥取県の女性のスマホに、子どもが通う小学校から一斉メールが届いた。

保護者ならびに地域の皆様
 地域の方から以下のご指摘をいただきました。
 『駐車場等に多くの子が集まり、うるさい。近隣に病気等で寝ている人もいることを考えてほしい。』との内容でした。
 ご家庭でもご指導、ご配慮お願いします。

 一軒家が並ぶ住宅街。自然が豊かで「子育てしやすい」と不動産業者に勧められ、女性は数年前に引っ越してきた。小学生の子どもたちは最近、友人宅の駐車場や庭に集まり、家からかすかに届くWi―Fiにゲームを接続して遊んでいる。家の敷地内だから安心だし、友達と約束しなくても「出入り自由」でみんなで遊べるからだ。声が大きくなるたび、女性は「大きな声を出したらダメだよ」と注意してきた。それまで近所の人から苦情を言われたことはなかったが、急に敵意をもって監視されている気がしてきた。「引っ越した方がラクになるのかもしれない」と思い悩む。地元教育委員会によると、住民のひとりから「毎日騒音を聞くのがつらい」と苦情の電話があった。「子どもの遊ぶ場所が多くないことも理解しているのですが……」と教委の担当者も悩んでいる様子だったという。

 埼玉県の60代の女性は、数年前の7月上旬の土曜、小学校で子ども向けのイベントを開いたときの体験談を寄せている。体育館でドッジボールを始めてから1時間たった午前11時ごろ、近くに住む人から「うるさいからドアを閉めて」と苦情が寄せられ、謝罪に行ったという。その日はドアを閉めたが、「もっと暑い日だったら子どもたちは熱中症になってしまう」と心配になったという。

 関東地方のある公立保育園では、子どもたちが園庭で歓声を上げたり、泣き声が大きかったりすると、園と市役所に苦情の電話が来る。園長の指導で、水遊びで水をかけるのは子どもが歓声を上げるから禁止。ドッジボールもさせられない。保育士の女性はモヤモヤしている。「好意的に受け止めてくれる方は何も言わない。うるさいという意見だけが採り上げられているのでは。」

 在宅で働く兵庫県の50代女性は10年近く、自宅前でのボール遊びの音を我慢してきた。「近所付き合いを悪くしたくなくて」。子どもたちの遊び場を奪うようなことはしたくない、との思いもあったという。子どもたちが大きくなるにつれ、小さいボールからサッカーやバスケットのボールに変わり、玄関にぶつかって大きな音が響いたことも。「我慢の限界」に達し、子どもの保護者に相談した。自宅前でのボール遊びはなくなったが、「これでよかったのだろうかと、複雑な気持ち」だという。

 子どもの声や学校からの音が「騒音」だとして、地域住民との間でトラブルになるケースが国内で報告されている。かつて、子どもの声や音をめぐる訴訟が相次いだドイツは、法改正で「子どもの声は騒音ではない」と定めた。
 「ドイツでは、子どもの声は騒音ではないという法律もあるそうです」。4月の衆院厚生労働委員会。岸田文雄首相の子育て政策をめぐり、小泉進次郎氏(自民)がこう切り出した。小泉氏は法律を評価し、「子どもや育児中の人の肩身の狭い思いを軽くする環境づくりを」と述べ、首相も「子どもの声が騒音であるという声に対して、我々は考えを改めなければいけない」と答えた。

 ドイツの法律に詳しい専門家によると、ドイツでは2011年に連邦法が改正され、子どもの声が騒音規制の対象外になった。14歳未満の児童保育施設や遊戯施設で子どもや世話にあたる大人が発する音声を、「原則として有害な環境作用ではない」と定義。「子どもにやさしい社会」をめざす立法メッセージを示すことが、立法趣旨に掲げられた。

 ドイツと日本の「子ども法制」に関するこの違いは何なのだろうか。
 国連児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)は1989年に国連で採択された。我が国はこの条約を批准するのに5年も費やしている。「日本には基本的人権の尊重が謳われているので必要ない。」「子どもに権利なんか与えたらとんでもないことになる。」「学級崩壊などに直面した教育現場で、子どもたちに権利なんかを教えたら、学校は大変なことになる」という与党の反発が強かったからだ。しかしながら、日本は批准するまでに5年もかけ、196ヵ国中158番目にという先進国としては異例の遅さだ。そして国内法の「こども基本法制定」まで約30年もかかっている。はたしてこの国では子どもの権利意識は浸透していくのであろうか。

 先日noteに書かせていただいた埼玉県の自民党と公明党の県議団が出した虐待禁止条例改正案、日本全国から「留守番禁止条例」と揶揄された改正案は予想通り撤回された。子育て中の保護者や子ども自身を追い詰めるだけで、子どもや子育ての実態を見ず、子育てしやすい環境を整えるべき行政の責任を放置し、一方的に家庭に押し付ける体質は、30数年前の与党と何ら変わっていない。子育て世代の有権者や子ども自身の声を聴くというような「子育て世代や子どもたちの参画」をこれほど考えない国では、子どもたち一人ひとりに人権があり、意見を表明する権利があるという意識は浸透していかないだろう。

 子どもたちから遊び場を奪い、子どもたちの声を騒音ととらえ、子どもを育む人間関係を崩壊させてきたこの国は、ますます子育てのしにくい国になっていくことだろう。今回の「子どもだけでの留守番や登下校禁止条例案」の撤回は、子育て世代の綱渡りの実情を浮かび上がらせたという意味では良かったといえるかもしれない。どの親も子どもを一人にすることなど望んでいないのに、一人にせざるを得ない実情がある。その状況を減らし、虐待に至らしめないような環境づくり、子育て政策を考えるのって、本当は政治がやるべき仕事じゃないのだろうか。

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