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連載/デザインの根っこVol.29_菅原 大輔(後編)

建築家やインテリアデザイナーにインタビューを行い、衝撃を受けた作品などのインプットについて語っていただく連載「デザインの根っこ 」。今回は「商店建築」2020年10月号掲載、菅原大輔さんの回(後編)を公開します。

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時間の層を積み上げ
言葉を超える魅力をつくる

 前回(vol.28)は、ダイアグラムと不均質さによって、いかに建築をドライブさせるか、ということについてお話しました。レム・コールハースの「S,M,L,XL」では、スケールや時間軸を中心に、建築やインテリア、彫刻などあらゆる要素をミックスして提示しています。時空間を貫いた美意識という点で、杉本博司さんの活動にもかなり刺激を受けています。水平線を通して時間や記憶を表現した「海景」や、映画が流れる時間だけシャッターを開放した「劇場」などがまさにそうです。

 僕は設計する際、「重層」をテーマにしています。場所固有の時間を積み上げていくイメージです。当たり前の話ですが、敷地には地形があって、植生や周辺の家の建ち方がある。それ自体が時間によって積み重ねられた微地形なんです。その上に新しい時間の層を重ね、微地形をつくっていくことが設計だと考えています。場所固有の時間が重層した微地形を設計すると、家具を動かしたり、姿勢を変えたりといった小さな変化を受け入れる懐の深さが生まれます。既に存在した時間と接続することで、多様性を受け入れる地形を、建築を通じてつくろうとしているのですが、そこで扱う時間とは、長くても2、300年の話。それに比べて、杉本さんの扱っている時間は圧倒的に長く、人類が誕生する前にまで意識を向けています。

言葉にひも付き、言葉を超える

 ジョージ・オーウェルの小説『1984年』にも衝撃を受けました。独裁政権が、「革命」とか「自由」といった単語を削除していくことで民衆をコントロールしようとする話です。単語が存在しなければ、言葉を糧に概念を紡いでいく僕たちの思考も制限されていきます。ここで扱われているのは「言葉の制度」で、僕たちが建築を通して考えているのが「空間の制度」。制度をデザインすることで人間の振る舞いを自由にすることも、抑制することもできます。空間をつくる立場として、一義的な行為や機能しか許容しないデザインは、そこでの行為を縮小してしまう危険があるということを意識しないといけません。

 言葉の話に関連して、フランスの設計事務所に勤めたことで、日本語と英語に加えてフランス語という三つ目の言語を知り、世界が広がったように感じています。例えば魚と肉それぞれに関する言語の数を考えると、日本語では魚が圧倒的に多いんですよね。言語に限らず、魚をさばく包丁の数もそうです。一方フランスだと肉に関する言葉や包丁の種類がたくさんあります。言語も思考もデザインも、全てがつながっているんです。『英語のたくらみ、フランス語のたわむれ』という本は、生活様式や思想が言語の特徴によって定着していることを提示しています。そして、空間や制度の特徴も同様に、言葉がつくるのだということを、この本を通じ実感しました。

 その一方で、言葉を超えた格好良さも大事だと思います。僕が勤めていた設計事務所Jakob+MacFarlaneが、ポンピドゥセンターの屋上につくった「Georges Restaurant」は、建物に敬意を表して新しいものを加えず、ただ床を盛り上げて新しい造形をつくりました。この空間には、言葉での説明を超えた美しさを感じました。説明可能なだけでない魅力も重要だと、改めて気づいた瞬間です。  〈談/文責編集部〉

『1984年』 ジョージ・オーウェル(1949年・Secker and Warburg)

『英語のたくらみ、フランス語のたわむれ』
斎藤兆史 野崎歓(2004年・東京大学出版会)

すがわら・だいすけ/1977年東京都生まれ。早稲田大学大学院修了後、シーラカンスアンド・アソシエイツやJakob + MacFarlaneなどを経て、2007年SUGAWARADAISUKE建築事務所を設立。設計事務所やカフェ、工作室を備えた「FUJIMI LOUNGE」(20年1月号)を拠点に、空間設計、地域計画、被災地支援活動などを行う。
※内容は商店建築2020年10月号発売当時のものです。

紹介作品一覧

1.『1984年』
ジョージ・オーウェル(1949年・Secker and Warburg)
2.『英語のたくらみ、フランス語のたわむれ』
斎藤兆史 野崎歓(2004年・東京大学出版会)

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