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連載/デザインの根っこVol.28_菅原 大輔(前編)

建築家やインテリアデザイナーにインタビューを行い、衝撃を受けた作品などのインプットについて語っていただく連載「デザインの根っこ 」。今回は「商店建築」2020年9月号掲載、菅原大輔さんの回(前編)を公開します。

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多様性を貫く図式性と
世界と個人をつなぐ運動

 思想からディテールまで、今の僕の考えを構成しているものは何かと考えた時、2冊の本が浮かびました。ひとつ目が、学生の時に読んだ、レム・コールハースによる書籍「S,M, L,XL」です。書籍を超えた存在感は、現代に生きる僕たちにとっての書籍のフォーマットを超えていますよね。内容で特に印象に残っている点が、空間ダイアグラムの存在を鮮やかに示していることです。学生ながらに「建築の正解」を追い求めて悶々としていた時、強い形式性によって要求されるプログラムに応えている点に感銘を受けました。提示すべき言葉を空間に落とし込むためのダイアグラムと言っても良いかもしれません。扱う内容を見ても、絵画や彫刻、インテリアまでさまざまなカテゴリーを扱い、時間軸もスケールも自在に行き来しており、コールハースが実際につくる建築ともリンクしています。

 そこから得た学びで今でも継続しているのが、風景から導かれるダイアグラムで設計すること。要求プログラムだけでなく、敷地の形状や物語、周辺に広がる風景からそこにしかない図式を発見し、その形式性の強さによって、経年による変化に左右されない寛容な空間を考えます。クライアントや土地の物語を小さな風景の集合体と捉えることで、それに対応するさまざまな形態や高さ、素材や色を用いたバラバラな状態を構成しつつ、明快なひとつの形式を持った全体性を同時に獲得します。そうすることで、家具を動かしたりものが増えたりしても保持すべき形式は揺るがず、過ごす人々も自由に振る舞うことができるはずです。シンプルな図式性は、地形と言い換えることもできます。「doors 本宮ベース」(20年4月号)では、大きな円形の家具を考えましたが、中に入ると円形かどうかは関係なくなります。その上で、「ここに座ると山が見える」というように、動作を周辺のコンテクストにひも付けると、振る舞いがインテリアや建築を通して、遠景までつながる。さまざまなスケールをつなぐという点にも「S,M,L,XL」の影響があるのかもしれません。

『S,M,L,XL』 
レム・コールハース ブルース・マウ(1995年・The Monacelli Press)

運動を引き起こす表面の差異

 もう1冊がJ.J.ギブソンの「生態学的視覚論」です。人間を含め、動物は地面の上を歩き回りますが、その地面の表面には、土やアスファルトの肌理があります。遠くに行くにつれて細かくなっていく肌理によって、遠近感を把握しています。また、移動する時に拡大縮小、またはその見え隠れによって、モノの配置や前後関係といった空間構成を把握しているのです。つまり、私たち動物は、表面でできた世界の中で移動と計測を同時に行うことで、生活を成立させているという考えです。

 暖かい場所や寒い場所、湿気のある場所、乾いた場所などが同時に存在しているこの世界は、そもそも不均質です。僕は建築空間でさまざまな表面を用いながら、その不均質さをドライブさせたいと考えています。僕は設計において、「多様な居場所群」ということを必ずコンセプトにしています。色々な素材を使って肌理をズラすと、身体と表面の関係が変わります。空間の中で古いものと新しいもの、硬いものと柔らかいもの、といった差異を同時に存在させると、選択という運動が生まれます。不均質な居場所群を提供した上で、どの場所が心地良いか、どこで過ごすかの選択は使い手に委ねているのです。運動によって認識した世界が建物を超えて外部へ広がることは、空間が持つ大きな可能性ではないでしょうか。(次回後編へ続く)    〈談/文責編集部〉

『生態学的視覚論』 J.J.ギブソン(1986年・サイエンス社)

すがわら・だいすけ/1977年東京都生まれ。早稲田大学大学院修了後、シーラカンスアンド・アソシエイツやJakob + Macfarlaneなどを経て、2007年SUGAWARADAISUKE建築事務所を設立。設計事務所やカフェ、工作室を備えた「FUJIMI LOUNGE」(20年1月号)を拠点に、空間設計、地域計画、被災地支援活動などを行う。
※内容は商店建築2020年9月号発売当時のものです。

紹介作品一覧

1.『S,M,L,XL』
レム・コールハース ブルース・マウ(1995年・The Monacelli Press)
2.『生態学的視覚論』
J.J.ギブソン(1986年・サイエンス社)


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