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連載/デザインの根っこvol.03_松浦竜太郎

 建築家やインテリアデザイナーにインタビューを行い、衝撃を受けた本や、音楽、映像、アート作品などのインプットについて語っていただく連載「デザインの根っこ 」。今回は「商店建築」2018年8月号掲載、松浦竜太郎さんの回を公開します。

身の周りの環境が大きな力を持つ

 これまでを振り返ってみると、幼少期を過ごした沖縄や熊本の風景から大きな影響を受けていると改めて実感します。私は物心がついた頃から5歳までを沖縄で、5歳から7歳までを熊本で過ごしました。沖縄では透き通った海や生命力に溢れた森で遊び回り、熊本に引っ越してからも、阿蘇山に近い、周りには自然しかないような場所で暮らしていました。

 その後、大阪へ移った時に、建物や人で溢れた街並みに圧倒されたことを覚えています。その時に初めて、環境の力というものを実感しました。当時から言葉にできたわけではないのですが、「環境が心理に影響を及ぼす」ということを子供ながらに感じたのです。今思うと私が建築を学ぼうと考えたきっかけも、この瞬間にあるのかもしれません。その時から私の意識は、建築や街並みそのものというよりも、もっと身近な「空間」に向いていました。自然から学んだことは、自然が理想の環境だということではなく、身の周りにある環境は大きな力を持つ、ということです。私は大阪や、頻繁に訪れた京都の街並みからも多くの学びを得ています。その点で、環境そのものというよりも、その環境の中に身を置くことに大きな意味があると感じています。

 また雄大な自然に囲まれて過ごしたからこそ、空間や環境を設計する際に、自然を具象で直接表現することには少し抵抗を感じます。それは自然の中で過ごし、全身で体験してきたからこその考えで、人工物でそれらを超えることはできないと思っているのです。

沖縄の風景(画像提供/松浦竜太郎)

デザインが機能を超えて、豊かな心理状態に導く

 その後、大学で建築を学び始めたのですが、アルバイトでお金を貯めては海外で建築を見て回りました。文字や写真だけで理解するのではなく、実際に体験することで初めて自分のものになると思っているからです。その考え自体も幼少期の体験が影響しているのかもしれません。

 パリやロンドン、ニューヨークなど世界中を訪ね、コルビュジエやミースなどが手掛けた、多くの名作建築を見て回りました。その中で最も感銘を受けた空間が、建築家エーロ・サーリネンが設計した「TWAターミナル」です。ニューヨークのJFK空港内にある建物で、私は3週間の滞在の中で何度も足を運びました。建物は自由な曲線で構成され、外観からは建物自体が今にも飛び立ちそうな印象を受けます。その曲線は内部にまで連動し、大きな窓のあるロビーは、旅への期待感を高めてくれます。どこを切り取っても素晴らしい建築なのですが、最も印象に残っているのはターミナルから伸びるブリッジです。光が溢れるロビーから一転し、ここでは天井の間接照明が唯一の光源となり、弧を描き一体となった天井と壁に光が広がります。床も曲面となっていることで奥への見通しが利かず、期待感と緊張感、そして非日常を感じさせる空間になっています。

 そこでは、「デザイナーの役割」を大いに学びました。空港という場所は、旅や交通の拠点という機能を持っていますが、それだけではなく、そこで過ごす時間も非常に重要です。ブリッジのように特化した機能を持つ場所でも、デザインの力によって豊かな心理状態に導くことができる。その時に感じたことは今でも意識していて、私が長い間取り組んでいる福岡空港内での設計においても、気持ち良く過ごすことで旅立つ人の背中を押すような場所を目指しています。〈談/文責編集部〉

.JFK空港 TWAターミナル/エーロ・サーリネン(1962年)(画像提供/松浦竜太郎)

まつうら・りゅうたろう/1975年生まれ。関西大学大学院卒業後、2001年乃村工藝社入社。最近の仕事に、福岡空港内のフードホール「ザ フードタイムズ」(17年4月号)や「パナソニックミュージアム ものづくりイズム館」(18年7月号)など(ポートレート撮影/ナカサ&パートナーズ)
※内容は商店建築2018年8月号発行当時のものです。

紹介作品一覧

1.沖縄の風景
(画像提供/松浦竜太郎)
2.JFK空港
TWAターミナル/エーロ・サーリネン(1962年)
(画像提供/松浦竜太郎)

掲載号の「商店建築」2018年8月号はこちらから!


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