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連載/デザインの根っこVol.06_池田励一

建築家やインテリアデザイナーにインタビューを行い、衝撃を受けた作品などのインプットについて語っていただく連載「デザインの根っこ 」。今回は「商店建築」2018年11月号掲載、池田励一さんの回を公開します。

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「言いたいこと」を伝える姿勢に共感する

 これまでを振り返ってみると、人生を変えた大きな転換があったというよりも、徐々に養われていったという方が適切かもしれません。その意味で、生まれた時から周囲にある環境はとても強い。小学生の頃に工作が好きだったのも、祖父と父が大工だったということの影響があったのでしょう。

 高校生の頃、乗り物に興味を持つようになったのですが、そこでも当時の状況が背景にあったと思います。父は30歳くらいの時に大工を辞めて自動車販売店を始め、自宅には珍しい自動車がたくさん置かれていました。その時私がハッとなった車が「ポルシェ 356スピードスター」。エンジンを積んでいるリアサイドの曲線と、そこからフロントにかけてのラインがとても美しいと感じました。何を表現したいかが、明快に表れたデザインに心引かれたのです。近年の車は、技術だけが先行したアウトラインになったり、生産水準の障壁によりデザイン制限がかかったつくられ方をしているものが多いと思うのですが、それと比べると、したいことがそのまま形になっている。今にして思うと、幼い頃から自動車が周りにたくさんあったことで、見る目が養われたのでしょうか。

ポルシェ 356スピードスター


理論的なデザインが居心地の良さを生む

 現在、私がデザインに取り組む際、インプットを自ら迎えにいくことはしません。私がクライアントに提案しているのは日常の延長にあるものです。自分がやりたいことをストックするのではなく、クライアントの思いや、取り巻く状況を原点にしてデザインしています。その点で、私にとってインプットも、デザインというアウトプットも根っこの部分では同じです。そうして見つけた「伝えたいこと」を、感性だけではなく、理論的にデザインすることで居心地の良い空間が生まれるのではないでしょうか。

生み出す姿勢をインプットする

私がデザイナーを目指し始めたのは学生時代の終わり頃で、それまでは絵を描いてばかりいました。美術館にもよく足を運んでいて、10代の終わりに見た日本画家・小磯良平さんの絵に感銘を受けました。小磯さんは東京美術学校(現在の東京藝術大学)を首席で卒業していて、とても高い技術を持っています。しかし、彼の絵には少し雑さがある。肖像画なら、顔周りはとても丁寧にマチエールを乗せているが、服や足元はそうでもない。感銘を受けたのは、その技法です。

 例えば曲だと、一番盛り上がるのはサビの部分ですが、かといってAメロもBメロも全てサビと同じにしてしまうと、かえって大事な部分が伝わらなくなる。小磯さんの技法もそれと同じで、見せたいことや伝えたいことがあって、それをより強く表現するために手段を変えているのです。なので、遠くから見た印象と近くで見た印象がまったく異なります。

 高度な技術がありながら、「言いたいこと」や本当にアピールしたいことのために出し所を見極めている。技術に理論をかけ合わせたその姿勢は先に挙げたポルシェにも、空間デザインにも通じると思います。大事な部分への意識の持っていき方、大事な部分に重要性を示す繊細な姿勢に共感しました。つまり、私が何かに心動かされる時、アウトプットそのものよりも、それを生み出す姿勢をインプットしているのです。〈談/文責編集部〉

T嬢の像/小磯良平(1926)※小磯良平画文集『絵になる姿』(2006)より


いけだ・れいいち/1981年滋賀県生まれ。大阪芸術大学デザイン学科卒業後、インフィクス、乃村工藝社などを経て、2012年池田励一デザイン設立。商業空間や会場構成、住宅などの多岐にわたるデザイン・ディレクションを行う。最近の仕事に「MERICAN BARBER SHOP」(18年10月号)や「ときすし」(18年7月号)など
※内容は商店建築2018年11月号発売当時のものです。


紹介作品一覧

1.ポルシェ 356スピードスター
2『T嬢の像』
小磯良平(1926)※小磯良平画文集『絵になる姿』(2006)より

掲載号の「商店建築」2018年11月号はこちらから!


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