公然わいせつ罪 ソーセージと万有引力

 男性が自分の男性器(以下チンコと呼ぶ)を見せつけてくる露出狂それ自体は、特段珍しいものでもない。

 人通りの少ない道で「なあ、なあ」と声をかけられ振り返るとニヤニヤしたおっさんがチンコ出し。電車の中で座っていたら、前に立った若い男性が股間あたりで持っていたセカンドバッグをそっと動かしてチンコ出し。公園でベンチに目をやると座ってる爺さんがチンコ出しチンチンシュッシュッ。世の中はチンコ出しで満ち溢れている。

 そしてそれらはなぜか高確率でスモールサイズである。「えっらい小っちゃいな」と素直に感想を述べると、彼らの多くはこの世の終わりを見たかのような表情になり、小さきモノを素早く収納してどこかへ逃げ去ってしまうので滅多には通報しない。そんな面白みのないザコ犯罪で時間を使うのがもったいねえ。

 だが稀に通報することもある。

 ある日のこと、駅への近道を歩いていた。人通りが少なく、途中で急な階段を降りねばならないので滅多に使わない道なのだが、急いでいたので仕方なかった。

 階段近くまでいくと誰かが上ってくる気配がした。整髪料でギラついた髪が見え、サングラスをかけた顔が見え、派手な柄シャツの全貌が見えたと思ったら、つぎに現れたのは燦然と輝くチンコである。

 RISING SUN ならぬ RISING CHIN。

 「よし!これは捕まえよう」、なぜそう決心したのかはわからない。太陽を掴まえたいという、子供のころに誰しも一度は抱くあの気持ちだったのか。それとも珍しくスモールサイズではなかったからか。

 ともかくも、Mr.チンが階段をのぼり切ってこちらに近づいてきたところで確保しようと、私は立ち止まってみた。すると突然、Mr.チンが猛ダッシュで私の横をすり抜けたのだ。チンコ出しのまま。

 すぐに追いかけたが私は鈍足である。Mr.チンは私が通ってきた道に停まっていた車に駆け寄ると、それに乗って逃げてしまった。

 ところで私には母に植え付けられた妙な特技があった。車のナンバーを見て素早くゴロ合わせを作るという技がよもやこんなところで役に立つとは。

 携帯電話なんか持っていなかった時代。駅近くの交番に行くと誰もいなかったので、完璧に覚えた車のナンバー・人物の似顔絵・服装や体型の特徴・自分の連絡先を鉛筆でルーズリーフに殴り書きしカウンターにおいて、ひとまず学校へ。当然遅刻である。

 家に帰ってくると「警察から電話があった」と母がいうので「チンコ見たんや」と説明、交番へ。少し遅れて刑事がやってきた。「常習犯であるのは間違いない。今まで付近で何度も目撃されており、車のナンバーも報告されているが番号を完璧に覚えていた人がいなかった。あなたが初めてだ」というようなことを、なぜか椅子ではなく机に腰かける刑事に言われた。

 そして調書をとるため、刑事に質問されながら、露出狂にあったときの様子をつぶさに説明することになったのだが…

 「おちんちんは立ってましたか?」

 そう、刑事が尋ねだしたのだ。いくらチンコ出しに耐性のある大阪の女とはいえ、その時の私は十代の乙女。

 質問の意図がわからず首を傾げていると、再び「おちんちんが、こう、勃起ってわかる?」握りこぶしを作ってグーンッというポーズをしながら、嬉しそうに刑事がしゃべる。

 さすがにこれは趣味の質問にちがいない。この刑事が今めっちゃ勃起しているにちがいない。そう確信した私は「その質問なんのためにしてます?」と強い口調で問い返した。すると、真剣な顔に戻った刑事がこう言った。

「『ソーセージを持っていただけだ』という奴がいるんですよ」

 刑事が言うには、チンコを出していたのではなく股間あたりでソーセージを持っていただけだと言い張る露出狂がいるらしいのだ。

「いや、ソーセージが勃起と何の関係があるんです?」と私がつっこむと「勃起していれば、ソーセージでなくたしかにおちんちんだったということになるでしょ!」と力強く打ち返してきた刑事。

 私は「細みのポールウィンナーならセロハン外せばデロ~ンとなるかもしれないが、ほとんどのソーセージは手に持っていても重力に逆らってシャキッとしているはずだ。おちんちんが立っていたかという質問とソーセージは関係ないだろう。あんた趣味で聞いてないか?」とかなんとか言い返し、刑事と口論となった。

 最終的には「立ってたかどうかは知らんがどう見てもチンコです。ソーセージではなかった。黒い毛が見えててソーセージなわけないだろ。毛が生えたソーセージなんか売ってるか?」と私がキレたところで、刑事が納得。

 出来上がった調書にはソーセージトークは何一つ反映されておらず、たしかに男性器を出しているのを見たというようなあっさりとした文章になっていた。納得できねえ。

 そんな昔の出来事を先月思い出し、やはり納得がいかないなあと思ってたところ、ある弁護士の先生が「情状事実として考慮されるのではないか」というような意見を(冗談で)下さった。

 そうなのか?はたしてそうなのか?どんな情状だ?!ますますわからなくなってしまい、この問題も忘れかけていたところ。今月になって次のようなニュースがあった。

【勝手にパンツ落ちた…店のレジ付近で下半身露出 容疑の男逮捕/県警】
7/16(日) 21:43配信 埼玉新聞

 下半身を露出し、公然とわいせつな行為をした疑いで逮捕された男が「ズボンとパンツが勝手に落ちた」と供述しているというのだ。

 なるほど、公然わいせつ罪には過失犯の規定はなく、故意犯のみである。

 ズボンとパンツが勝手に落ちてうっかりチンコ出し状態になってしまったのだ。万有引力のせいであって、おれに故意はないチンポロリなのだ。そういうことであろう(たぶん)。そう考えると「ズボンとパンツが勝手に落ちた」は容疑者として罪となる事実を否定する素晴らしい供述なのではないか。

 そこで私は、ハタと気が付いたのだ。

 私が露出狂を通報したあのときの刑事の「おちんちんは立ってましたか?」の質問。刑事がソーセージとか言い始めたのでわけがわからんトークになってしまったが、あの質問は、本来はこのような露出狂の言い訳に対抗する用の証言を私から得るためのものではなかったのか。

露出狂「トイレに行ったあとうっかりズボンのファスナーを閉め忘れましてね。階段を上ってるうちにたまたまポロっとチンコが出てしまっていたんですよ。」

そうして「たまたまポロっとチンコが出ていたのなら何で勃起していたんだ!」と問い詰める刑事…そのような故意と過失の分かれ目でこそ活きてくる「勃起」という事実

「おちんちんは立ってましたか?」

 あなたのこの質問の大切さ、今やっとわかりました。

 十代の私を相手に趣味で質問しているではないかと疑ったことを、あの時の刑事に謝りたい気持ちでいっぱいになったのであった。でもソーセージは納得できねえ。