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ショートショートバトルVol.3〜「夜明けの月に」西軍(木下昌輝、水沢秋生)

(お題:謝罪)

第1章(木下昌輝)

「誠に申し訳ありません」
 俺は、月に向かって叫んだ。そして、深々と頭をさげる。
 マニュアル通りの斜め四十五度。前髪が夜風にゆれる。すぐそばにあるどぶ川の香りが鼻をつく。そして、心の中で十秒数えてからゆっくりと上体をおこす。深呼吸をひとつして、ゆっくりと家の倉庫から出してきたパイプ製の折りたたみ椅子に座る。
 これでいいのだろうか。この謝り方でいいのか。これで許してくれるのか。わからない。もし、許してくれなければどうなるのだろうか。
 わからない。
 俺にはわからない。さっぱりわからない。ほとんどわからない。何がわからないかがわからない。どうして、わからないのかがわからない。
 なぜ、俺は謝らなければいけないのだ。どうして頭を下げなければならないのだ。そもそも、謝るというのがどの程度、謝らなけばいけないのか。頭を下げるだけでいいのか。言葉だけでいいのか。土下座すればいいのか。
 あるいは、最上級の謝りである、あれをやればいいのか……
 さっぱりわからない。
 いや、わかる必要などないのだ。おれは、ひたすら謝るだけだ。何の罪を犯したのか、どのくらいの罰が必要なのかもわからないが、ただひたすら謝るだけだ。
「申し訳ありませんでした」
 力いっぱい叫び、頭をさげる。ドブ川の上を通る夜風が顔をなでる。
 本当にこれでいいのか。この言葉でいいのだろうか。「ごめんなさい」と軽めに謝るだけでよいのだろうか。それとも、「悪うござんした」と上から目線で謝るほうがいいのか。そもそも謝るの「謝」は『言』葉で『射』つと書く。本当におれの「申し訳ありませんでした」という言葉で、相手の心を射つことができるのだろうか。
 わからない。わかっていることは、俺は太陽がのぼるまでに最高であり完璧な形で謝らなければいけないことだ。だが、そもそも俺はどうして謝らなければならないのだろう。
 わからない。袋小路に迷い込んだおれは、とぼとぼとドブ川の畔りを歩いた。川沿いの道は面白い。夜だというのに様々な人がいる。ジョギングをする人、トランペットを演奏する人、空手だろうか武道着を着て正拳突きをしている人、劇団関係者なのか芝居の練習をする人。そうだ、あいつらのところに行こう。このドブ川には、よく漫才師やお笑い芸人たちが漫才やコントの練習をしている。橋桁の下でコンクリートの壁にむかって、ひたすら漫才の稽古をしているコンビがいるのだ。私は彼らの姿を見るたびに、元気づけられてきた。いまもそうだ。彼らの姿を思いだしただけで、闇の中にある最高の謝り方が口をついてでそうになっている。
 俺は歩みを進めた。いつもの橋が見えてきた。
「あれ」と、思わず俺は声をあげた。いつものコンビがいない。かわりに見たこともないふたりが立って何かを練習している。ひとりは金髪の頭だ。もうひとりは、雨にでもあったのかなぜかずぶ濡れだった。
 よく見れば、橋の周りが濡れている。どうやら、ゲリラ豪雨があったようだ。
 いつもなら、壁にむかってネタをやっているのに、今夜はちがった。ふたりは必死に壁にむかって、謝っているではないか。誠心誠意一生懸命に。謝るたびに「これでは気持ちが伝わらない」とふたりで言い合っている。どんな言葉をつかっても、本当の気持ちが伝えられない、と困っている。
 ドクンと、心臓が大きくなった。
 俺は何を迷っていたんだ。
 なぜ、謝るかがわからない。どうして、謝るかがわからない。誰に謝るかがわからない。いつ、謝るかがわからない。
 それがどうしたんだ。
 今、目の前にいるふたりに比べれば、おれの悩みなどちっぽけなものだ。いや、ちがう。
 今、わかったのだ。おれは、彼らのために完璧な謝りを完成させなければならない。
「よくぞ、決断した」
 突然、大きな声が響いた。あわてて振り向く。見ると、裃(かみしも)と袴(はかま)をはいた男が立っている。腰の帯には、刀を2本さしている。雨上がりの地面をわらじで踏みしめて、こちらに近づいてくる。見れば、頭ははげ上がり、いやちがう、青くなっているので剃っているのか。後ろで髷(まげ)をゆっている。
「そんな、お主にわが家やに伝わる口伝(くでん)の謝り方を伝授しよう。しかと、わが教えを受け止めよ」
 そういって男は、古びた巻物をおれに突き出したのだ。


第2章(水沢秋生)

「あ、ありがたい、これで俺は最高の謝罪を完成させられる」
 目の前の男は言った。
「我が家に、このような口伝が伝わっていたとは」
 気の毒に、と私は思った。これでは話も通じない。

 夜が明けきるまで、彼の命を保つことはできるのだろうか。おそらく無理だろう。男は私の差し出したタオルを握りしめ、その場所に両膝をついて尻を高くかかげた土下座の姿勢のままで、「ぽっぽでぃっでぃでぃってぅ、ふぉう!」と奇声を上げている。きっと彼も、妄想と強迫観念に取り憑かれているのだ。

「謝罪病」が流行り出したのは数ヶ月前だ。夜明けに月がのぼる夜、突然大勢の人が目に見えない相手に向けて謝り始めた。ごめんなさい、すみません、反省しております、妻には「サイトウ、アウト!」と言われました、本当にごめんなさい。そうやって謝罪を繰り返す。やがて言葉すら失われ、奇声だけが残る。それでも彼らは謝り続ける。

 そうなるともう、手のつけようがない。どんな薬を与えても無駄だ。彼らは目に見えない相手に、命が尽きるまで謝り続けるしかない。そして目に見えない相手は、命が尽きても謝罪を受け入れることはないのだ。

「ズィーズィー、ピッピドゥッピィドゥ、パウ!」
携帯電話が鳴って、私はその場を離れた。
「どうした?」
「先生、早く病院に戻ってください。おかしな症状の患者が次々と運ばれてきています!」
「どんな症状だ」
「それが、始めは周りの人に『謝れ、謝れ!』と詰め寄って、暴力をふるって、そのうち奇声を」
「わかった、すぐに戻る」

 私は電話を切った。
 やはり、来たか。
『謝れ病』の発生はあらかじめ予想されていた。むしろ、患者が見つかったのが遅いぐらいだ。おそらくは社会の中に潜伏していたのだろう。

 これは謝罪病の有効な治療方法になるのだろうか。人類にとって福音になるのだろうか。願わくば、そうであって欲しい。

 私は祈った。夜明けの月に。

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7月20日(土)16:00から、京都 木屋町「パームトーン」で開催される「fm GIG ミステリ研究会第9回定例会〜ショートショートバトルVol.3」で執筆された作品です。

顧問:我孫子武丸
参加作家陣:延野正行、尼野ゆたか、円城寺正市、木下昌輝、遠野九重、稲羽白菟(イナバハクト)、今村昌弘、最東対地、水沢秋生、大友青ほか

司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也

上記の作家が、東軍・西軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。

また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。

当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。

タイトルになった「夜明けの月に」はこんな曲です。

「夜明けの月に」BBガールズ
作詞・作曲・編曲/冴沢鐘己


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