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レフェルヴェソンス「雪の下〜 鰆、蛤とスティックセニョール、金柑と生姜」

あまりにたっぷりとして、穏やかなお料理。命が膨らむ春の豊かさ。

刺身にした鰆の上に、刻んだ蛤とスティックセニョールが載せてあり、オリーブオイルで作った泡がかぶせてある。わずかな金柑と生姜の香り。

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鰆はしっかりとしつつも柔らかな香りを持つ。例えば甘鯛や皮剥、カサゴといった魚と比べるとき、鰆が華やかすぎない、だけどたっぷりとした香りを持っていて、なおかつ、くせがない魚であることが理解されるだろう。
スティックセニョールも、季節的には同じように妥当そうに見える菜の花と比べると、苦味がなく、尖った緑の香りもない。緑の香りが持ちうる中でも、穏やかで、優しい。
蛤もたっぷりとしたうま味とふくよかな味わいがある一方で、くさみを持たない。
オリーブオイルが泡として添えられていることも意義深く感じられた。液体のオリーブオイルにはない、オリーブオイルが持つまろやかな風味が引き出されているのだ。
ふくよかな香りが幾重にも幾重にも積み重ねられている。

金柑と生姜がかなり控えめに使われているのも注目すべき点だ。一般的にお皿のアクセントとして使われることが多いこれらの素材だが、このお皿ではほのかに香るだけだった。
料理人の方に話を伺うと、主な要素だけではどこか物足りなかったところを、わずかな量の金柑と生姜でバランスを取っているのだという。確かに、対比を取るのではなく、後味にほんの少しニュアンスを付け加えるような、優しい香りだった。

少し回り道となるが、興味深かったのは、香りが組み合わされている仕方である。
ある研究によれば、西洋の料理では同じ風味化合物を持つ食材の組み合あわせを用いる傾向が、東アジアの料理ではそのような組み合わせが避けられる傾向にあるという。
この料理を織りなす香りからは、ふくよかな豊かさ、という印象以外においては、個人的には共通性を感じることができなかった。実際、食材の持つ風味化合物の共通度合いを測ることができるFoodparingにおいて、これらの食材につき調べてみたが、決して共通の風味化合物が多いといえる組み合わせではなかった(鰆、スティックセニョール、蛤、金柑はFoodparingのデータベースに含まれていなかったため、それぞれmackerel、スティックセニョールの元となった野菜であるブロッコリー、いくつかの柑橘、いくつかの貝類で調査した、という点には留意しされたい)。
一方で、鰆、スティックセニョール、蛤、金柑は、日本料理の食材の組み合わせを踏襲しているわけでもないように思われる。レフェルヴェソンスのような、フランス料理を基調とした現代的な日本のレストランでは、日本料理で一般的な組み合わせをフランス料理風にアレンジするといったことはよく見られるが、このお皿はそうした方向性からも外れている。
東アジア的な香りの調和が一から作り出されているといっていいだろう。食材の香りへの極めて鋭い感性と、日本料理への深い造詣が感じられる。

食感もこのお皿のふくよかな印象に貢献している。鰆は、薄く切ったものを重ねるのではなく、ぼったりと厚く切られている。生の鰆のねっとり感がたまらない。
蛤とスティックセニョールは、これ以上大きいと鰆との一体感がなくなり、これ以上小さいと食感が足りなくなる、という大きさだ。鰆のテクスチャーを邪魔することなく、それに変化を加えている。口に広がるオリーブオイルの泡の感じも嬉しい。
カリカリしたり、もそもそしたりすることはなく、あくまで優しい。

塩が控えめなのも特徴的だった。刻んだ蛤とスティックセニョールに塩が入っているにせよ、それを鰆のソースとするかのように、強い塩分を持っているわけではない。それ以外の部分には、ほとんど塩がなかったのではないか。
だが、それが悪い効果を及ぼしているといった印象は一切ない。むしろ、仮に鰆にきっちりと塩が決まっていて、舌の上で感じるような味がもっと際立ってしまった場合、ふくよかな香りの重なり合いはわかりにくくなっていたのかもしれない。
驚くべき調和は、一般的な規則にあえて則らないことで実現している。

このお皿は少しだけ組み立てを変えた違う料理を、それが現実に美味しいのかはともかく、容易に想像することができた。例えば、浅蜊と菜の花を実際より大きく刻んで、柑橘と生姜をはっきりと効かせたものを、薄く切った鰆の横に添える。それらにばっちり塩を決め、最後にオリーブオイルでアクセント。また、料理人の方によれば、このお皿は酸味を使わないことを意識して作られたという。酸味を効かせても、単純に美味しい料理になったかもしれない。
だが、こうした別の可能性を踏まえることでますますはっきりとするのが、この料理において表現されている穏やかな豊かさだ。


淡い色をしたオリーブオイルの泡の中から緑と桜色が覗く、という料理名通りの配色も含め、命が膨らむ春の始まりの印象を強く喚起する一皿だった。


これから書きたいと思っているのは「家でできる日本酒の作り方」「ペルー料理を理解するための料理・レストランガイド」「セビーチェのすべて」「ペルー料理を日本料理化する:日秘料理の構想」「砂漠への虚無旅」です!乞うご期待!